財務総合政策研究所

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新聞発表

平成13年6月21日

「経済の発展・衰退・再生に関する研究会」報告書



.研究会の目的等

 財務総合政策研究所では、諸外国を対象に、経済の発展・衰退・再生の要因を研究する「経済の発展・衰退・再生に関する研究会」(座長:斎藤次郎、東京金融先物取引所理事長)を開催してきました。研究会では、我が国が経済再生を図るための手掛かりを提供することを目的として、各国が自らの課題をいかに克服したかについて検討してきました。今回、研究会の成果を踏まえて、研究会メンバーを中心とした分担執筆により、報告書を取りまとめました。
 研究対象国としては、経済危機を克服し、経済再生に成功したと思われる国の中からイギリス、フィンランド、オランダ、ポーランド、スペイン、スイス、アルゼンチン、ニュージーランド、香港、台湾の10カ国・地域をとりあげました。


.報告書の構成
 報告書の構成は、第1章から第10章までは、各国が経済危機にいかに対応したかに関する分析を行うとともに、そこから得られる示唆が記述してあります。最後の11章では、各国からの示唆について整理を行うとともに、各国でとられた経済改革の経済成果を横断的に比較しています。

 このうち、各国でとられた施策の我が国への示唆の中で、主なものは以下のとおりです。

(1)産業面の施策

1)  規制緩和
 規制緩和は各国で意欲的に実施され、規制が強かった分野に競争原理を浸透させ、企業の意識変革をもたらした。規制緩和により特にイギリス(1章)では金融が再活性化し、フィンランド(2章)では電気通信分野の規制緩和によりIT分野が急成長した。
 なお、アルゼンチン(7章)やニュージーランド(8章)の経験からみると、過度に急進的な規制緩和はかえって経済を一時的に混乱させるという評価もあった。
2)  外資流入による経済の活性化
 イギリス(1章)、ポーランド(4章)、スペイン(5章)、スイス(6章)では、経済再生のために、経済ナショナリズムに固執せず、国際的な買収・合併を含めた外資流入を歓迎したことが経済活性化に大きな役割を果たした。また、特に外資流入により保守的であった企業経営が大きく変化し、経済を活性化させた例としてイギリスとスイスが挙げられた。
3)  成長分野への経営資源の「選択と集中」と産官学協調
 民間主導の大胆なリストラと経営資源の成長分野への「選択と集中」で経済を再生させた国としてフィンランド(2章)やスイス(6章)が挙げられた。これらの国では産官学の密接な協調が行われ、特にフィンランドでは、産官学いずれにも通じた人材の育成と、そうした人材の産官学協力推進機関への適切な配置が研究開発、事業化の効率を高めた。

(2)雇用面の施策

1)  構造改革時の労働分配率の抑制
 改革前は、賃金上昇とインフレに悩んでいたため、ほとんどの国で賃金を抑制し、労働分配率は低下した。賃金抑制については、イギリス(1章)やニュージーランド(8章)では解雇規制の緩和をはじめとする労働力の流動化策により、また、オランダ(3章)、スペイン(5章)などでは政労使協調によった。
2)  失業に対するセーフティーネットのあり方
 フィンランド(2章)やオランダ(3章)などでは、経済改革時のリストラによって一時的には失業率が高まり、失業手当の支給が増大した。これは失業の不安を緩和したが、同時に労働意欲の減退という問題をもたらしたため、失業手当を削減したほか、職業訓練への参加を失業手当の支給条件とするなど支給条件の厳格化を行った。
3)  失業の解消、労働に対する価値観の多様化への対応
 オランダ(3章)では正規労働者と同等の労働条件を有するパートタイム労働が増加し、雇用情勢は急速に改善した。また、こうしたパートタイム労働は主に女性に対する雇用機会を拡大し、多様な働き方の選択を可能にした。

(3

)財政金融政策
 財政政策を見ると、各国とも改革当初から産業補助金や地方への補助金の削減、年金等社会保障支出の引下げ・抑制など歳出削減に取り組んだ。
 金融面では、不良債権問題を早期に解決した共通点として、早期の公的資金投入と同時に債務企業や銀行の厳しいリストラを並行して進めたことがフィンランド(2章)、ポーランド(4章)、スイス(6章)で指摘された。

(4

)経済改革の実施面
 各章から経済改革の実施面における示唆を取り出すと、1) 危機感の共有を前提に、2) 国民のコンセンサスを得て、3) 改革の明確な目標を設定するとともに、4)政府は改革に向けて一貫した姿勢を堅持することが重要な要因になるとされた。


.各章の要約
 各章での記述のうち、特に注目される点は以下のとおりです。


1章 イギリス
   安部悦生(明治大学経営学部教授)
 「英国病」からの脱却を目指して、サッチャー首相(当時)は1979年以降、福祉政策を全面的に見直すとともに、競争原理を導入し、市場機能を重視した政策をドラスティックに実施した。
 民営化が航空、通信、自動車、エネルギーなど幅広い分野で実施されたほか、金融や航空分野では規制緩和に伴う競争の激化が活性化をもたらした。その際、外資流入により、保守的であった企業の経営風土が大きく変わったことも経済活性化に寄与した。
 サッチャーの政策が奏効した要因として、サッチャー自身の個人的な資質のほかに、生産システムでは日本、企業経営では米国をモデルとして取り入れたことも挙げられる。


2章 フィンランド
   寺岡 寛(中京大学経営学部長)
 1989年末から90年初にかけての深刻な経済危機に際し、不良債権処理では銀行・債務企業のリストラを伴った公的資金注入によって早期の解決を図ったほか、新産業の育成を図り、その資金捻出のため、社会福祉関連支出の抑制や地方自治体への補助金削減を実施した。
 また、民間企業では不採算部門の縮小を行い、経営資源を電子・電気、通信、医学など潜在成長力のある先端産業に集中させた「特化型専門経済」により、産業・輸出構造の転換を図り、経済再生を果たした。
 先端産業分野では、産官学いずれにも通じた人材をTLO(技術移転機関)など産官学を結びつける機関へ適切に配置したことが、研究・開発成果の効率的な事業化を可能にした。


3章 オランダ
   長坂寿久(拓殖大学国際開発学部教授)
 1970年代に「オランダ病」といわれる厳しい経済後退に陥ったため、1980年初以降、雇用の柔軟化や社会保障の削減を中心とする改革を実施した。
 雇用の柔軟化策では、労働時間規制の緩和、正規労働者と同等な労働条件を有するパートタイム労働の促進、公共職業紹介所の民営化を行った。このため、サービス産業を中心に雇用が拡大し、失業は大幅に減少した。こうした失業の減少と共働きによる世帯所得の増加により、家計消費が増え、経済が活性化した。
 また、社会保障の改革では年金や失業手当支給額の引下げ、高齢者等に多用されていた労働障害保険の給付水準の引下げや支給条件の厳格化などを行った。こうした取組みもあり、GDPに占める歳出の割合は80年代初の60%から98年には50%に低下し、99年には25年ぶりに財政が黒字化した。
 なお、改革時に政労使間で政策合意を取り決めたことが改革をスムースに進行させ、経済の安定化に寄与した。


4章 ポーランド
   本間 勝(預金保険機構総務部長)
 1990年初に自由化による競争原理の導入を柱とする抜本的な構造改革を実施し、東欧諸国の中で最も経済が活性化した国の一つとなった。
 特に、銀行の不良債権処理については、銀行や債務企業のリストラを前提に銀行に財政資金が注入されることにより、東欧の中で最も成功した。他方、近隣国のハンガリーやチェコでは公的資金注入額が不十分であったこと、銀行のリストラや経営責任の追求が不徹底であったことなどから、公的資金投入にもかかわらず不良債権問題が再燃した。


5章 スペイン
   戸門一衛(神田外語大学外国学部教授)
 1986年のEU加盟によって自由化・規制緩和が推進され、こうした新たな企業環境の変化が競争原理を強化するテコとなった。このため企業では中期的な展望に立って生産性向上による企業体質の強化、技術革新による新製品の開発を進めた。こうした動きは外国資本との提携を積極的に進めることになり、対内直接投資が急増し、経済の活性化をもたらした。
 また、労働面では1990年央以降、解雇補償金の引下げ、解雇条件の緩和、労働時間の柔軟化のほか、職業斡旋業務の民間非営利組織への開放や人材派遣会社の認可基準の緩和を行うことにより、技術革新や国際競争力の強化を図る上で問題となっていた労働市場の硬直性を緩和した。


6章 スイス
   黒澤隆文(京都大学大学院経済学研究科助教授)
 1989年以降生じた経済低迷打開のため、国際的な競争にさらされていた部門を先頭に、民間主導による国際的再編、不採算部門の切捨て、経営資源の「選択と集中」が行われた。
 この背景として、「株主利益極大化」を掲げる投資家グループが台頭したことが挙げられる。彼らの登場により、従来の保守的な企業文化は大きな影響を受けた。また、彼らの銀行への圧力により、銀行はバブル崩壊に伴う不良債権処理を急ぐことになった。
 また、保守的で基礎研究志向の強かった大学では、大学法の改正などを通じ、競争原理の導入や産学協同の推進などが図られ、研究成果の産業界への波及が生じた。


7章 アルゼンチン
   佐野 誠(新潟大学経済学部教授)
 金融自由化、貿易の自由化を中心とする急進的な新自由主義改革を1970年代後半と1990年代初の2度にわたって実施した。こうした自由化・規制緩和は極端かつ無差別なものであったため、かえって国民生活の悪化をもたらした。
 特に、第2次改革実施後は、一人当たりGDPが上向き、ハイパーインフレも鎮静化したため経済低迷から脱却したかに見えたが、これは一時的な外国資本の流入に依存した消費ブームに基づくものであり、消費ブームが一巡した後は大量失業、金融の脆弱性、対外債務の膨張といった問題が生じた。


8章 ニュージーランド
   宮尾龍蔵(神戸大学経済経営研究所助教授)
 1970年代にはイギリスのEEC加盟に伴う対英輸出急減やオイルショックが加わり経済停滞が続いたため、1984年に市場原理に基づく経済改革を広範囲かつ急進的に実施した。また、公共部門についてもコスト意識、成果重視の徹底が図られ、行政の効率化を図った。
 このような大胆な改革が可能となったのは、政策責任者が自由な市場経済を目指すという基本方針の下、党派を超えて政策本位に、実行可能なものから矢継ぎ早に改革を断行したことによる。


9章 香港
   谷垣真理子(東京大学大学院総合文化研究科助教授)
 香港は「レッセフェール」のモデル地域と見られていたが、1997年7月以降のアジア通貨危機の影響から、ヘッジファンドによる香港ドルへの通貨投機が生じた際、政府は早期に市場に介入することによりヘッジファンドを撃退し、市場の秩序を取り戻したことが、その後の経済の好転をもたらした。
 政府はこうした市場の失敗の回避に務めたほか、通信や交通網などの公共財を積極的に供給したことが、良好なビジネス環境を創り出し、経済の競争優位性を高めた。


10章 台湾
   佐藤幸人(アジア経済研究所地域研究第1部研究員)
 台湾経済は資本をいかに効率的に利用するかを重視して発展してきた。企業行動のレベルでは、韓国のように多額の資本投入による汎用品の大量生産ではなく、限られた資本を前提に資本を有効に使うというニッチ戦略がとられたことが、アメリカのIT産業とも結びつき、有効な成長戦略となった。
 また、企業家を生み出すという観点からは中小企業の分業ネットワークの発達が重要な役割を果たした。すなわち、分業ネットワークは、作業工程の細分化による参入障壁の低下によって起業による新規参入を誘発し、経済の活力を生み出した。起業に当たっては、起業家の能力や構想を判断できる同業の成功者が有力なリスクマネーの提供者になり、起業を促した。


11章 経済改革の成果分析に関する一考察と我が国への示唆

      葛見雅之(財務省財務総合政策研究所研究部主任研究官)
 鳥生 毅(財務省財務総合政策研究所研究部研究員)
 寺井 寛(財務省財務総合政策研究所研究部研究員)
 研究対象国10カ国からの示唆について整理を行うとともに、対象国のうち日本と経済発展段階が似通ったイギリス、ニュージーランド、オランダ、スイス、フィンランドの5カ国について、実施した経済改革をマクロ政策、産業競争政策、雇用・労働政策などの政策パッケージに従って三つのパターンに類型化し、経済成果を比較検討した。


(1)経済改革の類型化

1)  「ニュージーランド」型(市場重視型、ニュージーランド、イギリス)は規制緩和や民営化を広範に速いスピードで実施した。労働面では解雇規制の緩和をはじめとする労働力の流動化を図った。
2)  「オランダ」型(雇用重視型、オランダ)はもともと経済の自由度は高かったため、改革時において産業面の目立った規制緩和は行なわれなかった。労働面では政労使協調により賃金を抑制し、正規労働者と同等な労働条件を有するパートタイム制を促進した。
3)  「フィンランド」型(技術重視型、フィンランド)では、潜在成長力のある特定分野で早期に規制緩和・民営化を実施したほか、産官学の密接な協調により技術の開発・育成が図られた。雇用面では失業を手厚い失業手当で受け止めるとともに、職業訓練、就業カウンセリングを強化した。

(2

)経済改革の経済効果
 上記三類型について、改革前後の生産性、失業率、財政収支(プライマリー・バランス)、一人当たりGDPを比較した。
 生産性では「フィンランド」型が最も高い伸びを示し、失業率と財政収支は「オランダ」型が最も良い経済成果を示した。
 また、総合的な指標として一人当たりGDPについてみると、「オランダ」型はワークシェアリングによる雇用の高い伸びに支えられて安定的な成長を示し、改革後には欧州主要国平均を上回り、豊かさを取り戻した。
 「フィンランド」型は経営資源の「選択と集中」を行い、専門特化型の国づくりを行なったことが奏効し、大幅な生産性の上昇を通じて一人当たりGDPは急速に回復した。
 また、「ニュージーランド」型は、改革直後は労働市場の流動化に伴う失業の増加と相俟って一人当たりGDPは急速な回復は示さなかったが、改革5年目以降改善した。
 
 

失業率及び一人当りGDPの推移
失業率及び一人当りGDPの推移

連絡先:財務省財務総合政策研究所 研究部
TEL 03−3581−4111
主任研究官   葛見雅之 (内線2251)
研究員   寺井 寛 (内線5315)