財務総合政策研究所

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「21世紀初頭の財政政策のあり方に関する研究会」
報告書

 

2000年6月

大蔵省財政金融研究所


はしがき

「21世紀初頭の財政政策のあり方に関する研究会」座長  貝塚 啓明

(中央大学法学部教授、財政金融研究所名誉所長)


 1990年代のバブル崩壊後、日本の財政は、長引く不況に直面して、景気の回復を目指して主として財政支出を中心に景気拡大政策を取り続けた結果、今や主要先進国中において最大の財政赤字と国債残高の累積を記録しつつある。
 昨年10月から財政金融研究所で始まった「21世紀初頭の財政政策のあり方に関する研究会」は、多角的な視点から、主として財政支出を中心に公共部門が抱えている問題とその克服策を主題として、この分野における有力な研究者が課題別に研究成果を研究会において発表してきた。この報告書は、これらの研究成果を取りまとめたものであり、この研究会の座長を務めたものとして、この報告書の全体像を紹介し、はしがきにかえたい。
 この研究会における第一の関心事は、日本において依然として影響力をもっていると思われるケインズ政策を政策の有効性、政治的コスト、マクロ経済に与える影響、金融政策との連携において多角的に評価することであった。第二の関心事は、今後急務となる財政支出の効率化を如何に進めるかということであった。そこで、以下ごく簡単に個別の論文の内容を要約しておきたい。
 第1部の第1章「公共部門の役割」(奥野論文)は、総論的な内容をもち、公共部門の役割を示したのち、地方分権の視点や市民組織の役割との関連において社会資本整備が論じられている。
 第2部では裁量的財政政策の有効性と効率性について検討した。第2章「日本経済の構造変化と裁量的財政政策の有効性」(足立論文)は、公共投資の有効性は、乗数効果や誘発効果では低下していないのであり、それが自律的回復に結び付くか否かが重要としている。第3章「裁量的財政政策の非効率性と財政赤字」(土居論文)は、裁量的財政政策が現実の政治プロセスによっていくつかの配分ミスをもたらしているとして、急上昇した政府支出対GDP比・硬直的な補正予算編成・課税平準化に役立たない税制改正・変化しない公共投資の地域的配分・政治的影響を受ける年金制度改正の例を挙げ、その背後に公債発行への安易な依存傾向があり、公債発行の持続可能性に疑問を示し、非効率性を抑制する方法を提案している。
 第3部では、財政支出の効率化に関して、具体的な論点を提供している。第4章の「社会資本の地域間・分野別配分について」(三井論文)は、今日までの社会資本整備について、高度成長期以降の地域間・分野別の産業基盤型公共投資の配分が大都市圏と地方圏の生活水準の格差是正にどの程度役立ったかについて、その他の政策手段(地域間の所得移転や生活基盤型の社会資本)の効果との比較が重要としている。第5章「社会資本の計画的整備」(松谷論文)は、社会資本整備のための公共投資が社会厚生全般の視点から計画的に行われる必要性を力説している。第6章「国と地方の財政関係」(齊藤愼論文)では、地方交付税の地域的配分に関して、とくに社会福祉費の配分に関して実体との乖離があることを指摘し、地域間の「受益」・「負担」比率に大きな格差の是正のために、全体の制度の基本的再設計を示唆している。第7章「財政支出の政策評価について」(井堀論文)は、日本の行政部門が導入することになった政策評価について、費用便益分析などの手法もふくめて、その概略を説明し、その他の投票などの政治プロセスの役割に触れ、公共投資が将来の民間消費に与える影響というマクロ的な評価の実証結果を示している。第8章「財政支出と政治、利益集団、マスメディアの関係について」(横山論文)においては、公共選択論の視点から社会保障関連の財政支出における政治過程、とくに、利益集団とマスメディアとの関係を検討し、高齢者層の投票率の高さに注目している。第3部の補論として掲げた「租税歳出の観点から見た所得控除制度の問題点」(森信論文)では、租税面からする支出、「租税歳出」の例として所得税における所得控除制度が検討されている。
 第4部では、より広くマクロ経済政策全体から財政政策を評価した論文から構成されている。まず、第9章「財政赤字と実体経済」(浅子・竹田論文)では、多様な観点から財政政策の影響が議論されている。乗数の低下に関しては、その要因を定量的に識別することは、困難であるとしているし、政策ラグにより裁量的な政策発動は制約されるとする。また、1997年以降の景気政策としての財政政策は、財政構造改革路線と競合し、不鮮明な景気判断もあって、的確な政策運営が困難になったとする。景気判断と政策判断とを切り離したほうが良いというのが、浅子・竹田論文の主張である。財政赤字の将来については、金融的には問題は少なく、財政的には、増税によって財政赤字が縮小する可能性まで考慮すれば、強い意味での持続可能性があるというのがこの論文の判断である。第10章「財政赤字と金融市場」(福田論文)は、資本移動が内外金利差で生ずる通常のマンデル・フレミング・モデルのメカニズムが現在のゼロ金利下の日本経済では働いていないと主張する。すなわち、IS曲線とLM曲線とがゼロ金利下においては、第I象限において交わらないとすると、IS曲線との交点によってGDPの水準が決まるという流動性のワナに落ち込む。また、財政政策も金利を上げ得ないから、マンデル・フレミング・モデルのメカニズムは、働かない。第11章「財政政策と金融政策の新たな役割分担について」(齊藤誠論文)においては、従来型のポリシーミックスの考え方は、後退し、金融政策が経済安定化政策の主たる役割を担うことが期待され、適応的な金融政策から予防的な金融政策へと政策発動が変化しつつあるとみる。ただし、ゼロ金利の下では、通常の金融緩和の効果が期待されず、政策転換が極めて困難であると主張されている。第10章と第11章は、分析方法はやや異なるにせよ、ゼロ金利政策下の政策運用は、ジレンマに追い込まれているという点では、共通の問題意識が見られる。第12章「社会資本の経済効果」(吉野論文)は、景気変動と財政出動、ゼロ金利政策下の日本経済、社会資本の地域配分、レヴェニュー債導入の提案など、多様な問題を検討している。 
 以上、この報告書の各論文における主張の内容を概観したが、日本経済が財政赤字の持続可能性についても、適切なポリシーミックス実行の点でも、困難に落ち込んでいることが読み取れる。
 最後に、この報告書をまとめるに当たって、財政金融研究所の葛見主任研究官以下のスタッフのご協力に厚く感謝したい。


「21世紀初頭の財政政策のあり方に関する研究会」
(敬称略、肩書きは2000年5月30日現在)

・座長 貝塚啓明 中央大学法学部教授
  大蔵省財政金融研究所名誉所長
・委員
 (50音順)
浅子和美 一橋大学経済研究所教授
足立英之 神戸大学経済学部教授
井堀利宏 東京大学経済学部教授
奥野信宏 名古屋大学大学院経済学研究科教授
齊藤 愼 大阪大学大学院経済学研究科教授
齊藤 誠 大阪大学大学院経済学研究科助教授
竹田陽介 上智大学経済学部助教授
土居丈朗 慶応義塾大学経済学部専任講師
福田慎一 東京大学経済学部助教授
松谷明彦 政策研究大学院大学
  大学院政策研究科教授
三井 清 明治学院大学経済学部教授
横山 彰 中央大学総合政策学部教授
吉野直行 慶応義塾大学経済学部教授

・オブザーバー

森信茂樹

大阪大学法学部教授
佐藤隆文 名古屋大学経済学部附属
  国際経済動態研究センター教授
木村嘉秀 信州大学経済学部教授

事務局
中井 省 大蔵省財政金融研究所所長
墳崎敏之 大蔵省財政金融研究所次長
原田 泰 大蔵省財政金融研究所次長
中島秀夫 大蔵省財政金融研究所研究部長
葛見雅之 大蔵省財政金融研究所研究部主任研究官
長村 裕 大蔵省財政金融研究所研究部研究員
中居良司 大蔵省財政金融研究所研究部研究員
本田 創 大蔵省財政金融研究所研究部研究員

目次

第1 部 総論
第1章 公 共部門の役割
(名古屋大学大学院経済学研究科教授  奥野信宏)
1.はじめに
2.小さな政府の指向
3.市場経済と公共部門の基本的役割
4.公共部門の役割の変化
5.社会資本整備における公共部門の役割

第2

部 裁量的財政政策の有効性・効率性と財政運営
第2章 日 本経済の構造変化と裁量的財政政策の有効性
(神戸大学経済学部教授  足立英之)
1.はじめに
2.日本経済の構造変化
3.裁量的財政政策(公共投資)の短期的効果
4.公共投資と民間経済の反応
5.裁量的財政政策の中長期的効果
6.結論
第3章 裁 量的財政政策の非効率性と財政赤字
(慶應義塾大学経済学部専任講師  土居丈朗)
1.裁量的財政政策の非効率性
2.裁量的財政政策の非効率をもたらした政治的影響
3.非効率性を助長した財政赤字の現状
4.非効率性を抑制する財政運営のあり方

第3

部 財政支出の効率化
第4章 社 会資本の地域間・分野別配分について
(明治学院大学経済学部教授  三井 清)
1.はじめに
2.わが国の社会資本の分野別・地域間配分の特徴
3.社会資本の地域間配分と人口分布
4.社会資本整備の社会的便益評価に関する実証研究
5.まとめ
第5章 社 会資本の計画的整備
(政策研究大学院大学大学院政策研究科教授  松谷明彦)
1.はじめに
2.資源配分の最適性
3.社会資本ストックの最適構成
4.社会資本整備の効率性
5.望ましい政府投資と政府支出の規模
6.補論
第6章 国 と地方の財政関係
(大阪大学大学院経済学研究科教授  齊藤 愼)
1.はじめに
2.国と地方の財政関係と地方交付税
3.地域別受益と負担
4.地方交付税は一般財源か
5.地方分権に向けて
6.国と地方の財政関係改革に向けて
第7章 財 政支出の政策評価について
(東京大学経済学部教授  井堀利宏)
1.民間の業績評価
2.政府の業績評価
3.費用便益分析
4.費用便益分析に代わる方法
5.国民の投票
6.マクロ的な評価:公共投資と民間消費
第8章 財 政支出と政治、利益団体、マスメディアとの関係について
−社会保障関連支出を例にあげて−
(中央大学総合政策学部教授  横山 彰)
1.はじめに
2.財政支出と政治
3.政治と利益集団
4.マスメディアの影響
5.老人福祉費の実証分析
6.おわりに
補論  「 租税歳出」の観点から見た所得控除制度の問題点
−日米の課税ベース比較を通じて−
(大阪大学法学部教授  森信茂樹)
1.はじめに
2.所得税課税ベースの日米比較
3.社会保険料控除と年金税制
4.所得控除―人的控除と給与所得控除

第4

部 財政金融政策とマクロ経済
第9章 財 政赤字と実体経済
(一橋大学経済研究所教授  浅子和美・
上智大学経済学部助教授  竹田陽介)
1.はじめに
2.財政政策と実体経済
3.政策発動のタイミングと政策効果
4.財政赤字のサステナビリティ
第10章 財 政赤字と金融市場
−オープン・マクロ経済における財政政策の効果−
(東京大学経済学部助教授  福田慎一)
1.はじめに
2.短期的な視野からの考察
3.不完全な金利裁定
4.ゼロ金利下の経済政策
5.財市場における乗数効果
6.貯蓄・投資バランス・アプローチ
7.日本の構造的な経常黒字の原因
第11章 財 政政策と金融政策の新たな役割分担について
(大阪大学大学院経済学研究科助教授  齊藤 誠)
1.はじめに
2.従来型ポリシー・ミックスの後退とその背景
3.「適応的な金融政策」から「予防的な金融政策」
4.中・長期のインフレーション目標
5.1990年代の日本の金融政策
6.おわりに
第12章 社 会資本の経済効果
(慶應義塾大学経済学部教授  吉野直行)
1.はじめに
2.日本の景気変動と財政支出の発動
3.日本経済の現状とゼロ金利政策
  −総需要モデルによる計量分析−
4.社会資本の地域別・業種別効果の実証分析
  −トランスログ型生産関数による計量分析−
5.公共投資の地域配分に関する実証分析
6.シビルミニマムの明確化と社会資本の整備
7.歳入債(Revenue Bond)の日本への導入に向けて
8.財政支出のシミュレーション分析