平成10年6月16日
I.経緯
大蔵省財政金融研究所は、昨年10月、東南アジア4か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)の財政金融政策を、中長期的観点から研究することを目的に、「東南アジア各国の財政金融政策に関する研究会」(座長 原 洋之介 東京大学東洋文化研究所長、研究会メンバーは別紙参照)を発足させた。
この地域は日本との関係が深いにもかかわらず財政金融に関する研究の蓄積が比較的浅いため、同研究会では、10回にわたる会合(国際コンファレンスを含む)を開催し、総括的なテーマでこの地域の特徴を考察するとともに、財政金融政策の推移について国別に整理・検討を加えてきた。研究会の趣旨は統一的な公式見解をつくることではなく、毎回のテーマをめぐって自由活発に議論することにあった。
この度これらの成果を踏まえつつ、各専門分野における委員等の分担責任執筆により、「ASEAN4の金融と財政の歩み−経済発展と通貨危機−」と題する報告書を取りまとめた。
II.報告書の要旨
<第1章>それぞれの国には歴史的に形成された諸制度・システムがある。急進的な自由化は戒めるべきであり、当面の危機脱出のためには物づくりの場に長期資金が流れるような金融制度の再構築が必要である。
<第2〜4章>(主として国際資本移動と危機管理という観点に着目し、近年の金融面と実物面における国際環境の急激な変化とアジア通貨危機との関係に焦点を当てる。)通貨危機の引き金を引くのは通貨下落予想による資本フローの逆転であり、マクロ不均衡は通貨危機の必要条件であっても十分条件ではない。しかし、国際資本市場には、他国で発生した通貨危機が市場の予想を変え、周辺地域に波及し、自己実現的に不均衡を拡大するシステミック・リスクが内在しており、各国が域内貿易と投資のネットワークで結ばれているために波及が助長される側面もある。このようなリスクに対する有効な対応として、マクロ政策に関する協議機能、通貨・資本市場の相互監視機能、外貨流動性の相互融通機能を備えた地域レベルの通貨安定化基金の創設が必要である。
<第5〜8章>(主として通貨危機の財政金融的側面という観点に着目し、各国の国内制度上の特色と通貨危機に焦点を当てる。)通貨危機に伴い金融システムの問題が指摘されているが、これら4か国では過去にも金融危機を経験しながら、その教訓が生かされず民間部門への過度の信用供与を招いた。金融部門の健全化に向けては、政府の姿勢、銀行経営の健全化、金融政策の3つの分野において強力なアクションが必要である。また、望ましい為替制度は、ASEAN4で共通のバスケット制を導入し、レートは固定とせず一定のバンド幅内で柔軟に運営する方式である。
<第9〜11章>(主として政治経済システムの変遷とアジア経済危機という観点に着目し、アジア地域の政治経済上の構造的な変化が経済発展に及ぼす影響に焦点を当てる。)アジア通貨危機は、金融の自由化、グローバル化のなかで、アジア型政治経済体制の行き詰まりとして生じたものであり、その克服のためにはアジアにおける新しい地域的政治経済秩序の形成と各国における新しい政治経済体制の成立が同時に摸索されなければならない。
<インドネシア編(第12〜14章)>マクロ経済については、インドネシアの経済主体は国家から民間企業に転換したが、その過程で増加した民間債務が背景となった通貨危機に対して、スハルトの家族中心の裁量主義的介入政策が市場の不信から限界をきたした。金融では、1980年代以降の金融自由化政策は内外資金移動を可能にし、同国の発展をファイナンスした。しかし、債務構造の悪化、銀行の不良資産増加をもたらしたことから、経済自由化政策とコンシステントな対外債務管理および脆弱な銀行部門の体質改善が必要である。財政では、スハルトの積極的な開発政策は公的債務の増大をもたらし、民間債務の増大と相俟って対外債務返済に対する懸念から今回の通貨下落を引き起こした。
<マレーシア編(第15〜17章)>1969年の人種暴動を契機に採用されたマレー人優先政策(ブミプトラ政策)が経済構造に多大な影響を与えてきた。ブミプトラ政策を具現化した新経済政策(NEP)のもと、多大な財政資金を投じた公企業振興と金融システムへの介入がなされる一方で発展の原動力となる工業化は外資に大きく依存することとなった。公企業振興やブミプトラ政策の実施過程で形成された経済構造の歪みは、タイに端を発する通貨危機の伝播に少なからず作用した。成長パターンの転換および社会的安定維持を企図した今後の構造改革が期待される。
<フィリピン編(第18〜20章)>フィリピンが、他の東アジア諸国とは異なるマクロ経済発展経路をたどることになった最大の要因は、同国の社会階層構造を背景としたレント・シーキング社会における歪んだ資源配分構造にある。また、同国の循環的な景気の浮沈は国際収支制約によるものである。金融については、80年代以降の金融改革は1993年の新中央銀行の設立をもってその再建が完結し、また金融規制の整備により、今回の通貨危機に対する抵抗力が形成された。しかし、通貨危機時におけるぺソの大幅下落に至る過程では、同国の外貨預金口座が通貨投機の場として利用された。財政では、低い徴税効率や支出構造の柔軟性の低下等、持続的成長を支える財政機能における問題点が散見される。
<タイ編(第21〜24章)>タイの「開放的でリベラル」な経済政策体系は、1950年代末から60年代初頭のサリット政権期に整えられ、伝統的な財政金融規律と相俟って、長期的な経済成長の礎となった。この「東アジアの優等生」タイが、近年の経常赤字拡大の過程でもドル・ペッグ制の維持に固執し、通貨危機の発火点となった。その背景には、一国では制御不能な国際資本移動の激化、政治の民主化に伴う金融当局の独立性の後退、固定相場制下の金融政策の限界、および保守財政に伴う産業・金融インフラの整備や所得格差是正の立ち遅れなどの問題があった。危機対応の柔軟性では定評のあるタイが取り組んでいる経済改革は、財閥による金融寡占の解体など経済構造の再編成に結実すると期待される。
(以上)
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