財務総合政策研究所

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平成8年7月22日
大   蔵   省

「米国経済の構造変化とその背景」について

 

  1. 1. 90年代に入って、米国産業の活性化、競争力の復活を指摘する声が強まっている。しかし、その一方ではいわゆる双子の赤字の継続や、所得格差の拡大といった問題も指摘されており、このような米国経済の「活性化」の実態とその背景を検証することは、現在様々な構造的課題を抱えている我が国が、これから進むべき経済社会の道筋を考える上で、有益な示唆を与えてくれると考えられる。


  2. 2. 大蔵省財政金融研究所では以上のような認識の下、昨年の11月に「米国経済の構造変化とその背景に関する研究会」を発足させ、これまで9回にわたる会合を持ち、[1]米国の産業競争力が80年代以降どのように変化してきたか、[2]マクロ経済動向と産業競争力の変化との間にはどのような関係があるか、更に[3]上記のような社会的側面の課題と産業活性化との関係はどうであるか、という3つの視点から検討を行ってきたが、この程研究成果を「米国経済の構造変化とその背景」としてまとめた。


  3. 3. 研究会のメンバーは、別紙1のとおり。


  4. 4. 報告書の要旨は、別紙2のとおり

 


(別紙1)

「米国経済の構造変化とその背景に関する研究会」

 

(敬称略、五十音順)

 

会長   尾崎  護 国民金融公庫総裁
座長 本間 長世 成城学園学園長
メンバー 大内 俊昭 (株)日本興業銀行名古屋支店長(前産業調査部長)
翁  百合 (株)日本総合研究所主任研究員
栗山 尚一 外務省顧問(前アメリカ合衆国駐箚特命全権大使)
鈴木 直次 専修大学経済学部教授
谷中  満 経済企画庁経済研究所総括主任研究官(前調査局海外調査課長)
中前  忠 (株)中前国際経済研究所代表取締役
林 紘一郎 日本電信電話(株)常務理事・マルチメディア推進本部本部長補佐
ロバート・アラン・
    フェルドマン 
ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社東京支店経済調査部マネージング・
ディレクター
本間 直行 日本大学経済学部教授
宮本 邦男 (株)住友生命総合研究所常務取締役・主席研究員
守島 基博 慶應義塾大学総合政策学部助教授
薬師寺泰蔵 慶應義塾大学法学部教授
八代 尚宏 上智大学国際関係研究所教授

以 上


(別紙2)

米国経済の構造変化とその背景に関する研究会報告書 要旨

 

第1章 80年代前半における産業競争力の低下とその背景
 

 米国は、第二次世界大戦後長期にわたって、世界で最も強力な経済力を誇ってきたが、およそ1960年代半ばを境に、製造業の国際競争力に陰りが生じた。米国製造業の世界的な生産・販売のシェアはハイテク製品を含め大幅に低下する一方、輸入は急増し、各品目ごとの収支は赤字化した。米国の生産性上昇率は後発国に大きく劣り、絶対水準での格差も大幅に縮まった。技術水準も停滞した。更に、製造業企業の利益率は低下し、実質賃金の上昇率も鈍化した。80年代半ばには、製造業はあたかも総崩れの感を呈し、「非工業化」や「空洞化」等と呼ばれる現象に大きな注目が集まるようになった。
 このような米国産業の競争力低下の背後には、海外における後発国の急成長、及び国内における量産産業の圧倒的な国際的優位を支えた大量生産システムの制度疲労と、二、三世代にわたる成功に安住した企業経営の硬直化という二つの趨勢的要因があった。また、レーガノミクスによるドル高がこのような中長期的な競争力の相対的低下傾向を一挙に顕在化させたと見ることもできる。


第2章 90年代における米国産業の活性化とその要因

 90年代初頭の不況から脱出した後、米国産業は目覚ましい発展を遂げた。生産活動は長期にわたって拡大し、法人企業利益も史上最高の水準を記録した。生産性上昇率は改善され、価格競争力も回復して輸出も目覚ましく増大した。これら産業活性化の原因の一端は、米国社会のもつダイナミズムやバイタリティにあり、多数の新企業が設立される一方、多くの企業が合併・吸収や廃業を通じて姿を消していった。
 過去10年間における米国の主要産業の実態を次の4つのグループを例に見てみると、以下のとおりである。まず、自動車、半導体などの中軸的な製造業は、80年代半ばには、我が国に対して競争力を低下させ、又はその危険にさらされていた状況にあったが、90年代に入ってから目覚ましく復活した。この直接の原因は、景気の好転と円高・ドル安の昴進であったが、これに加え、日本的量産技術の導入とハイテク型産業への投資、中でも半導体産業については市場の拡大した高収益分野へと生産をシフトさせたことも回復に大きく寄与した。
 次に、この時期の技術革新の主役となったコンピュータを中心とする情報産業及びそれと密接な関連を持つ通信産業の発展が挙げられる。80年代前半に生じたパソコン市場の爆発的な成長は、パソコンに関連したソフトウェアの開発や情報サービスの供給の機会を著しく拡大させるとともに、ネットワーク化を促進し、その社会的影響を格段に高めた。また、通信産業においても、AT&Tの分割を始めとする規制緩和やインターネットに代表されるコンピュータ技術の発展により、大規模な業界再編成を招いた。
 そして第三に、米国産業の言わばネガティブな面としての国防関連産業について見ると、冷戦の終結に伴う国防支出の大幅な削減などにより不振に陥ったことから、徹底的なリストラ策が採られた。この結果、企業業績は回復に向かっているが、需要の大幅な回復が見込めないため、更なる設備と人員の削減が必要と予測されている。
 第四に、電気・ガス、卸売・小売、金融・保険などを除いた狭義のサービス業が目覚ましい成長を遂げた。特にそれは雇用面において顕著であり、リストラによって職を失った人々の受皿の一部となった。このうち、ビジネス・サービスについては、特に人材派遣業の急成長に象徴されるように、企業がリストラの一環として、経営資源の多くを外部から調達するアウトソーシングの傾向を強めていることが大きく寄与している。また、医療・健康サービスについては、これまでの医療費支出の急激な増大に対応して、コスト圧力を受け、病院経営の効率化が追求され、合併・吸収を通ずる統合が進む一方、病院の機能分化と分業化が進み、新たな低コストの医療機関も成長した。
 このような産業構造及び競争力の変化に対しては様々な要因が寄与していると考えられる。まず、マクロ経済環境について見ると、レーガノミクスのもたらした80年代前半の高金利、ドル高、厳しい不況は、その後の様々な企業構造の合理化努力や労使関係の改善を育む基盤を産み出した。加えてレーガン政権が実現した、インフレとインフレ期待の終息、財政赤字の拡大を背景とした82年以降の長期にわたる景気拡大、そして85年以降のドル安への転換は、企業経営にとって追い風となる良好なマクロ経済環境を形作っていった。
 次に、80年以降の歴代政権が産業の活性化を視野に入れながら実施していった各種の政策も、それぞれに一定の効果をもたらした。とりわけ一貫してとられた規制緩和の流れは、競争の促進を通じて、既存産業・企業の合理化や効率化につながったのみならず、情報・通信産業に典型的なように、技術革新と新産業の出現を促進する上でも大きな役割を果たしたと言えよう。
 第三に、このような政策的環境によって促進されたものとは言え、米国民間企業部門が、自ら様々な変革努力を積極果敢に行ったそのダイナミズムを過小評価することはできない。


第3章 産業活性化の下における米国経済の課題


1.マクロ経済面の動向及び課題

 レーガノミクスは、財政収支赤字拡大を通じて結果として82年からの景気拡大をもたらしたが、同時に双子の赤字を発生させることとなった。このうち財政赤字については、レーガン政権期以降削減努力が続けられているが、最近においても医療保険制度改革の不成立に見られるように、なお十分な解決には至っていない。ただ、財政収支は、税収の回復を背景に、90年に入り急速に改善を見せ、赤字のGDP比は95年には80年代初頭の水準にまで低下してきている。もっとも、貯蓄投資バランスで見た米国国内における投資不足は続いており、その背景をなしている家計の低貯蓄率という本質的な問題は、決して改善しているとは言えない。
 一方、経常収支は、輸出が着実に増加しているにもかかわらず、技術水準の相対的に低い部品等をコストの低い外国からの輸入に依存するという、国際分業関係の深まりを反映して輸入が著しく増加しており、依然大幅な赤字を続けている。
 このように依然双子の赤字が続いているが、今のところ財政収支赤字が直接金利を大幅に上昇させる要因となっているとは見られず、また、貿易収支の赤字が、米国産業の先端分野を中心に基幹部分の拡大を阻害しているわけでもないなど、双子の赤字と産業活性化との間にそれほど強い関係はない。


2.雇用・社会面の動向及び課題

 米国の労働市場は、これを失業率、新規雇用の増減といったマクロの雇用動向から見る限り、産業の活性化を反映した極めて良好な状態にある。90年代初頭の景気回復当初は、景気が回復しているのにもかかわらず雇用が増加せず、従って失業率も下がらないといういわゆるJobless Recoveryの状況が続いたが、現在は景気回復の本格化とともに、サービス部門を中心に力強い新規雇用の拡大が続いている。
 しかし、その一方で、人種別や学歴別で見ると雇用面での格差が広がるとともに、相対的に学歴の低い層の雇用が失われている。賃金面では、全体的に見ても、労働者の実質賃金が減少しており、所得階層別に見ると、主として学歴の差を反映して所得格差が拡大してきている。また、教育程度が低く、技能水準も低い移民労働者が賃金の低い職に就き、このような仕事の賃金を更に押し下げ、所得格差の拡大をもたらす一つの要因となっている。
 更に、これまで雇用の保障があると考えられていたホワイトカラーの管理職や専門職、特に一流企業でその職にある労働者がレイオフの対象となってきたこと、失業期間が長期化し、レイオフの中でも無期限のものが増えてきていること、また、再就職した後の雇用条件が、失業前に比べて極めて悪いことなど、雇用の安定性が揺らいできている。


第4章 総括的評価及び我が国へのインプリケーション


1.総括的評価

 米国産業は90年代前半に目覚ましい回復と新展開を遂げた。このような米国産業の変化に寄与した要因は第2章に見たとおり多岐にわたっているが、中でも、米国民間企業部門が追求した様々な経営戦略や企業組織構造の変革に注目すべきであろう。
 米国の企業部門がこのような本格的な構造変革に成功しえた要因としては、米国社会が本来的に持つバイタリティや柔軟性に加え、米国産業・企業にとっての環境が、「グローバリゼーション」や「情報革命」という世界的時代潮流(メガトレンド)の中で大きく変容したことが挙げられる。グローバリゼーションは、部品輸入の増大に見られるような、いわゆるアウトソーシングの強まりなど米国企業の国際戦略の強化を促している。また、本格的情報化は、需要面から、マクロ的な成長の牽引力となるとともに、新規参入を伴う激しい市場争奪の競争を生じさせ、他方、供給面から、中間管理層の業務効率を飛躍的に向上させ、組織のフラット化、スリム化などにつながるといった効果を有している。
 一方、より広くマクロ経済、社会・政治的側面を考慮に入れつつ、「活性化」のサステナビリティを見るとき、以下のような問題の存在は十分注目に値する懸念材料と言えよう。まず、双子の赤字問題については、これが現在の米国産業の活力を削ぐ方向で働く可能性は今のところ大きくはないが、視野をやや長くとれば、家計の過剰消費の体質が改善を見ていないことなどから、公的負債残高や対外純負債が当面増加を続けることは疑い得ず、それは内外ともに資金調達と利払いを一層厳しい条件の下に置くことになろう。世界的な景気動向によってはそれが為替市場や金融市場の不安定性につながり、米国産業の状況のみならず、世界経済全体の安定を揺るがす可能性を完全に無視できるわけではない。
 また、産業活性化に伴って現れた社会的不安定性は、これが過渡的なものなのか、それともより本質的なものなのか、現時点で確たる結論を出すことはかなり難しい。ただ、仮に過渡的なものであるとしても、このような問題の解決にはかなりの時間を要することは間違いなく、活性化の影の側面として単純に片付けられない要素をはらんでいることに注意する必要があろう。


2.我が国へのインプリケーション

 米国の例を参考にするに際しては、歴史や社会的特性を無視して、米国流の変革を後追いすることは避けねばならない、あるいは米国の経験の一部分だけを取り出して他国に当てはめてもうまく機能するとは限らない、といったことを念頭に置きつつ、以下に示すポイントを中心に我が国として必要な行動を検討し、積極的に実行していくことが望まれる。


(1)

 競争を通ずる構造変革の促進
 米国が、雇用面等社会的な問題を先鋭化させつつも様々な構造変革を通じて活性化しつつあるのに対し、我が国の場合、バブル崩壊後景気回復の足取りが遅く、中期的にもいまだ不透明感から脱し得ないでいる。その背景としては、内外価格差に象徴されるような産業構造の二重性、新規起業にとって制約となりがちな金融・資本システム、雇用システム等の構造的課題への取り組みが必ずしも十分なものとなっていない点が挙げられる。
 そもそも戦後の経済発展を支えてきた我が国の経済システムは、高めの成長を前提に、その成果のできるだけ安定的な分配に配慮し、微調整を繰り返すことにより環境変化に適応を続けてきたシステムであった。しかしながら、現在のような大きな潮流の変化の下では、このような微調整では対応しきれず、また、従来効果的であったシステムが逆に硬直的なものとして、このような潮流変化への対応を妨げる結果ともなっている。
 このような視点に立って、まず、米国の経験に学ぶべきは、市場における競争の高まりが様々な構造変革とその結果としての産業の効率化を実現したことであろう。我が国においても、とりわけ、市場への参入や市場における自由な競争を妨げている各種の規制や保護の撤廃を中心に、現在の規制緩和の流れを一層強めていくことがまず必要であろう。

(2)

 世界経済の中での我が国の位置づけ
 米国産業の活性化と東アジア諸国等新興国の成長に伴い、我が国の産業の国際競争力は相対的に低下しつつあるが、自国内に固有の資源を有しない我が国にとって産業の国際競争力維持は米国以上に重要な問題である。
 我が国の経済については、特に非製造業を中心に高コスト構造が指摘されており、これを是正することによって、製造業の国際競争力を高めていく余地はあるものの、低中級技術品を中心に、東アジア諸国等新興国の製造業がその優位性を高めていくことは、現在の国際分業の流れとして、ある程度必要であろう。一方、非製造業の分野では、伝統的に競争力の強い米国が、情報関連を中心に、ますます優位性を高めている。このような中で我が国の産業が競争力のある分野を確保していくためには、適切な為替レートを前提として、ハイテク型を中心に製造業における技術革新の更なる強化に努める一方、情報・通信産業や様々なサービス関連産業で米国へのキャッチ・アップと新たなフロンティアの開拓に向けた各般の取り組みが不可欠となってくると考えられる。
 なお、米国の経験が如実に示しているとおり、このような産業再編の過程では、生産拠点の海外シフトや部品,人材の海外調達といった企業行動を、いわゆる空洞化現象として恐れるだけでなく、新たな国際分業の中で、競争力を確保していくための積極的海外戦略の一環として位置づける気構えも必要とあろう。

(3)

 競争力と雇用問題のディレンマ
 米国では、企業が積極的に自己変革したことにより産業活性化という光の側面が生じたが、その反面雇用者には所得格差の拡大、実質賃金の低迷という影の側面が生ずることとなった。
 我が国においても、先に述べた規制緩和の促進や国際分業の追求を通じて産業の効率を目指していけば、少なくとも、当初は、失業の増大あるいは賃金増加の抑制等、雇用環境にマイナスの圧力がかかってくることは避け難いであろう。
この問題はその根底に、世界的な競争の激化や、情報革命という労働力を相対的に不要とするような技術革新の下で、一国の産業の効率化と、その国民の福祉との間にいかなるバランスを求めるかという一種のディレンマをはらんでいる。またそれは、企業の社会的役割をどのように考えるか、という問題とも密接にかかわっている。
企業にとって生き残っていくために無駄を省き効率的な活動を行うことは当然である。現実に我が国においても雇用の流動化が進みつつあり、それは企業の活力を高めるのみならず、個人に対してもより開かれた選択肢を与えてい るという指摘もある。その一方、我が国において、企業と従業員との信頼関係の上に築かれてきた従業員のロイヤリティや人的資源に対して行われてきた投資が、長期的には企業の効率を高めてきたという面も無視はできない。これまで労働者の生活の安定、ひいては社会の安定をもたらしてきた我が国の雇用システムの長所を生かしつつ、当面の国際競争の高まりなどの時代変化にも対応し得る雇用システムをどう作っていくかを十分検討する必要があろう。

(4)

 持続可能な経済発展の在り方
 以上、80年代以降の米国経済の構造変化から得られる我が国へのインプリケーションを見てきた。ここで、更に長期的な観点から持続可能な我が国の経済発展の在り方を考える場合には、食料、エネルギー、地球環境などグローバルな制約の存在、あるいは経済規模の拡大の割に生活に対する満足感がいま一つ感じられないといった我が国固有の問題にも考慮を払う必要があろう。これらを視野に入れて考えると、80年代以降の米国の経験に学びつつ、経済運営全体の中で、産業の活性化や国際競争力の維持を重視するだけで真に持続可能な経済発展がもたらされるものであるのかどうか、換言すれば、経済的効率と社会的安定、あるいは自由な民間活動の促進と政府の規制や介入の間にいかなるバランスを目指すか、という基本的な問題について更に議論を深める必要があろう。