平成25年3月発行
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<特集>財政の法と経済学からの分析
中里 実 東京大学大学院法学政治学研究科教授 責任編集
| | 中里 実 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) |
| 序章 T.法と経済学の手法を用いた財政法の研究の可能性 U.財政の定義:国家法人説と国庫理論 V.財政の歴史と私法の優位 W.財政と金融の相互作用 まとめ 今後の検討の方向性 | 中里 実 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) |
| T.はじめに U.国家とリスクの関係 V.市場と財政制度の関係 W.非明示的偶発債務の統制に関する導入的考察 X.結びに代えて | 神山 弘行 (神戸大学大学院法学研究科准教授) |
| T.はじめに U.公的部門の役割分担:地方政府による所得再分配? V.地方交付税の機能と問題点 W.グローバル化がもたらす変化 X.福祉国家の持続不可能性:超高齢化のインパクト Y.おわりに | 渡辺 智之 (一橋大学国際・公共政策大学院教授) |
| T.問題の所在 U.調達すべき費用の確定 V.調達すべき費用の割当て W.財源調達に伴う帰結 | 太田 匡彦 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) |
| T.はじめに U.財政の役割と機能 V.財政の資源配分機能と法律関係 W.財政の所得再配分機能と法律との関係 X.経済安定化・最適化機能と法律との関係 Y.結語 | 杉本 和行 (元東京大学公共政策大学院教授 ) |
| T.本稿の課題 U.公共団体の《資産》とは何か? V.現代財政における《資産》の諸相 W.公共団体が《資産》を保有することの意味 X.結語 | 藤谷 武史 (東京大学社会科学研究所准教授) |
| T.はじめに U.株式会社のデット・ファイナンスとガバナンス V.株式会社と国家の違い W.コーポレート・ファイナンスの議論の国家によるデット・ファイナンスへの応用 X.むすびに代えて | 後藤 元 (東京大学大学院法学政治学研究科准教授) |
| T.序論 U.モデル V.分析結果 W.議論 X.まとめ 補論 | 宮澤 信二郎 (神戸大学大学院経済学研究科特命准教授) |
(要約)
本稿は,憲法の財政規定を機能的に分析することを目的とする。すなわち,財政(国家の行う市場経済活動)を,法的な観点から,新古典派的な市場主義の枠組みに基づいてとらえるためには,大前提として,私的経済主体としての国家という存在をより詳細なかたちで法的に記述することが必要であり,また,同時に,国家の経済活動の実質(手続面ではなく実体面)を分析できる(法と経済学等の方法論を取り入れた)法律論が必要である。そのような財政法の研究のためには,基本的に,@マーケットの重視・私法の重視と,A経済理論の重視という二つの視点が必須のものとなる。
このような研究のための準備作業として,私法を架橋として財政法と経済学をつなぐという基本的な考え方を提供し,可能な限り,経済学の方法論を,私法を介して財政法の中に導入する道を探ることが必要である。憲法自体が,私法制度に基づく市場経済メカニズムを前提として構築されている(あるいは,構築されざるを得ない)以上,私法上の財産権概念や契約概念をまったく無視した財政制度は成立しえないであろう。そうであるならば,財政制度に関しても,国家の経済活動と市場経済活動の一定の範囲における同質性が議論の前提となることは必然的なことである。本稿においては,このような憲法や財政法における私法的要素の基底性について論じる。
財政の私法との関係を検討することにより,単に,憲法の手続規定の解釈を行ってきた財政法を根本的に変革し,国家の財産権に関する権利義務関係に直接的に踏み込むことが可能となるのみならず,財政と金融の連動について考えることも可能になるのではないかと思われる。そして,そのような作業を基礎として,財政法に,公共経済学や財政学の成果を正面から導入するための基盤を確保することができるのではないかと考える。
このように,財政法についての研究の中心を手続法から実体法へシフト(権利義務関係を中心にする体系への移行)させるための基礎を提供するというのが,本稿の基本的考え方である。これは,財政法を,議会における予算審議手続中心の予算法(Budget law)から,国家の経済活動(すなわち,財政)の実体法的側面を法学的に研究する真の意味の財政法(Law of public finance)に移行させるということに他ならない。
(要約)
本稿は,最後の手段(the last resort)としての財政支援・公的救済と,事前的対応としての法制度を上手く組み合わせることで,より効率的に社会的危機に対応することが可能になるのではないかという問題意識から出発している。巨額の財政赤字・累積債務に直面している我が国において,財政支援を提供する際に,最小限の負担で最大限の効果を発揮できるように,現行法制度の仕組みと,最終手段としての財政制度が上手くマッチしているかを再検討する意義は大きいと思われる。
本稿は,明示的偶発債務(explicit contingent liability) に関する財政統制を検討した神山(2011) を受けて,議論の対象を非明示的偶発債務(implicit contingent liability) に拡大するものである。本稿では,財政リスクとしての非明示的偶発債務の統制を考察する手がかりとして,有限責任法制と企業の公的支援の関係を題材として検討を加えている。そこでは,「市場によるリスク分配」のメカニズムと「国家によるリスク再分配」のメカニズムの関係に着目する形で,租税法・財政法の観点から検討を加えることになる。
国家による企業等の事後的救済を論じるために,租税法・財政法の観点に加えて,倒産法制・有限責任法制と財政制度の関係を検討することは有益であろう。国が,会社法や倒産法によって「有限責任制度」を導入・施行しているところ,社会全体に影響が及びうる企業倒産において,公的救済の圧力が高まるという非明示的債務(implicit liability) が構造的に生成されていると理解することが可能かもしれない。
有限責任法制(会社法)は,会社保有資産を行使価格としたプット・オプションの取引として理解することができる。有限責任法制の効果として,株主はプットの買い手の立場に立つことになる。一方,自発的債権者(銀行,継続的な取引先など)は,プット・オプションの売り手の立場に立つ。プットの売り手である自発的債権者は,リスク引受けの対価として,オプション対価を要求することができる。他方,非自発的債権者(公害や不法行為の被害者)は,強制的にプットのショート・ポジションに立たされているにもかかわらず,事前の段階でプット・オプション引受けの対価を受け取ることができない場合が多い。そのため,事業者の純資産を大幅に超過する損害が発生した場合,有限責任法性を生み出した政府(国庫)に対して,非自発的債権者を救済するようにとの世論や政治的圧力が高まることにつながりうる。
私的保険は,@情報の非対称性,A外部性,Bコミットメント問題,C認知バイアス,D 世代間でのリスク共有の困難性が存在する場合,上手く機能しないことが指摘されてきた。これらに起因する市場における効率的リスク分配の失敗を改善するために,政府が(i) 同世代内の強制保険,(ii) 規制,(iii) 租税制度・国債制度を通じた世代間強制保険などの手法を利用することが期待されるものの,各手法の利害得失を十分に理解した上で,最も適切な政策を選択することが望まれる。
(要約)
グローバル化と地方分権の流れの中で,財政(特に,財政の所得再分配機能)の実施単位と,税源となる経済活動の範囲は必ずしも一致しなくなっている。また,それにともなって,財政の機能が期待された通りの結果をもたらす,と想定することも困難になってきている。本稿は,このような状況を念頭に置きつつ,財政(特に,所得再分配機能)を担う主体とその主体の果たす役割について,基本的な論点整理を行う試みである。
所得再分配機能そのものについては,国(中央政府)以外の主体が担うことは困難である。グローバル化の進展と超高齢化により,国(中央政府)による所得再分配の実施に対する制約も強まっているが,今後とも国(中央政府)としては,守備範囲を限定した上で,ナショナルミニマム確保に向けた一定の所得再分配を行っていく必要があろう。他方,地方分権を推進した場合に地方政府が機能強化することを期待されるのは,資源配分面での役割であり,地方分権化によって,地方公共財の提供という資源配分面での効率化をはかれる可能性がある。しかし,このためには,地域間競争や中央政府によるモニターを通じた,地方政府の業務効率化が前提条件となる。また,地方政府がより大きな役割を果たす場合に生じる,資源配分面での地域間格差はある程度受け入れざるを得ないのであって,地方分権と「格差の是正」が直接に,不用意に結びつけられた場合には,歳出の肥大化と非効率化につながる恐れが強い。この意味でも,地方分権推進の経済的論拠は,資源配分面に限定すべきであって,所得再分配や「格差の是正」の問題と結びつけるべきではない。
(要約)
本論文は,社会保障の財源調達に関わるさまざまな決定の中から,1)社会保障のために調達すべき費用全体の決定に関わる問題,2)調達すべき費用をどの名目の負担として何を基準に割り当てるか(負担させるか)の決定に関わる問題,3)ある主体から社会保障のための費用を調達したことがもたらす帰結に関わる問題を考察している。
1)については,社会保障の構造が調達すべき総額を基礎づける程度とそのロジックが検討されるとともに,実際にはそのような決定がなされないと考えられる原因,にもかかわらず前者の分析が持つ意味が検討される。2) については,一般税・目的税・社会保険料の違いを確認した後に,税で調達するか社会保険料で調達するかの決定が持つ意味,社会保険料の賦課のあり方が示す全体的特色が考察される。3) については,社会保険料として費用を調達した帰結として一定の尊重(信頼の保護)を与えなくてはならなくなる,社会保険における拠出と給付との連関を,事後的にどの程度変更できるかに関する基礎的な考察がなされる。
(要約)
財政は政府の経済活動であり,国民経済の中で大きな存在となっている。政府の活動には必ず資金的な裏付けが必要であり,政府はその資金を租税,公債発行等で調達している。 また,政府の活動は,市場により決定されないものであることから,国民総体としての意思決定方法,すなわち,法制度や予算に基づく意思決定が必要となる。従って,現実の財政運営にあたっては,経済的思考と法的思考が同時に行なわれて進められている。
財政は@公共財を提供する資源配分機能,A所得再分配機能,B経済安定化・最適化機能の3つの機能を有する。
純粋公共財は市場では供給されないことから,財・サービスの提供自体が政府の役割となる。供給の仕組みを用意することを法律が担い,具体的な供給量は予算において決定される。(防衛サービスの例,公共投資の例)準公共財(価値財)については,市場でも供給され得るものであることから,政府と国民の間に権利義務関係が生じ,公法的要素と私法的要素が混在する。一方の当事者が公的主体であることから,法制度による関与が必要となる。(義務教育の例)
財政による所得再分配については,社会保障と税制がその主な手段となるが,それぞれ国民の権利義務関係に介入するものであり,一方の当事者が政府であることから,法制度と一体不離の関係にある。 所得再分配がどの程度のものを最適と考えるかは,公平性に関する社会の価値判断に依拠する。ただし,所得分配の結果の平等を追及し過ぎると,経済全体の効率性,活力が阻害され,全体としての経済の厚生水準が低下し,個々の国民が享受できる利益も低下する。 社会保障分野においては,法律制度がまず定められ,その法律に従って毎年の予算に計上される金額が決定される。予算においては,法制度によって発生する給付に必要な経費が歳出に,社会保険料の受け取り見込み額が歳入に計上される(義務的経費)。社会保障制度を持続的・安定的なものにすることが,現下の財政の重要課題である。 租税は国民の財産権を侵害し,強制的に資金を賦課,徴収する行為であることから法的根拠を必要とする。政府が国民に対して金銭給付を請求する権利を有し,国民が政府に税という金銭給付債務を負う関係にある(債権・債務関係)。租税は経済に大きな影響を持つものであり,かつ法体系として整合的に整備される必要がある。
財政は自動安定化(ビルトイン・スタビライザー)機能と裁量的な財政政策(フィスカル・ポリシー)の2つを通じて経済を安定化させる機能を有する。プラザ合意以降,経済の下支えの上で,財政が役割を果たしたのは事実であるが,一方本格的な景気浮揚が実現しなかったのも事実であり,財政が呼び水となり,民間経済が回復し,持続的な成長軌道が生み出されることはなかった。むしろ,累増した財政赤字が経済の不安定要因になることが危惧される。
議会制民主主義のもとでは財政赤字が拡大しやすいという非対称性の問題が生じることから,財政規律を確保するための法制度をどのように構築するかが先進国共通の課題となっている。これは制度設計者が自らをどう規律づけるかという問題でもあり,法律学,経済学,政治学が学際的に取り組むべき課題である。
現実の財政運営においては,経済政策論と立法論を含む法律論が密接に関係している。経済学的考慮と法律学的考慮が同時に併行して行われることが要請され,必然的に学際的な性格の思考を要する。財政運営に関する検討においては,経済的に望ましいと考えられる政策を法形式に翻訳し,執行可能となるように法的裏付けを行うことが課題となるものである。
(要約)
本稿は,「国をはじめとする公共団体が《資産》を持つことの意味」を,法学及び経済学の観点から考察するものである。本稿にいう《資産》は,「将来キャッシュフローをもたらしうる何らかの地位」という極めて広い意味で用いられる。資産の概念はファイナンス理論,会計学,さらに近時整備が進む公会計制度等でも用いられるが,本稿における《資産》概念は,これらと部分的に重なりつつも,@将来キャッシュフローを期待しうる地位の制度的表現,及び,A財政制度の内部に留まりながら一定の独立性を獲得した財のまとまり,という2つの側面で特徴付けられる。
かかる《資産》概念による分析を行う主眼は,財政法の関心対象である@公共団体と私人の(主に金銭を媒介とする)関係,及びA公共団体内部における財政統制(国民経済全体の中で財政を経由するキャッシュフローに対する統制)のあり方が,このような《資産》の存在によっていかなる影響を受けるか(財政運営に関与する各主体にどのようなインセンティブを与えるか)に着目することで,(会計年度独立,財政の統一性などの)近代法的な財政法の原則とは緊張関係に立たざるを得ない現代財政の特質を把握し,現代における財政法の課題を機能的に捉え直すことにある。
本稿の《資産》概念の典型例は,財政内部に留保された「資金」であるが,具体例はこれに限られない。本稿では,実物の国公有財産の保有に伴うファイナンス的側面,公共団体による金融的機能や投資活動(近時の例としてのSovereign Wealth Funds),特定目的で留保された「基金」,地方公共団体の規制権限を含めた固有の法的地位がもたらす収入,公共団体の負債の引当てとしての「将来税収の切り出し」,という財政現象を,《資産》概念を用いて横断的に分析の対象としている。現代財政の様々な場面に見出される《資産》保有の増大は,現代財政が「継続事業(going-concern)」としての性格を強めたことに対応するものであり,一定の合理性を認めることができるものの,@資金を非効率的にロックインしてしまうことによる機会費用,A民主的決定に服すはずの一般財政が個別的な《収入−支出》連関へと細分化する可能性,に留意する必要があることが指摘される。こうした問題構造を踏まえた新たな法的統制を構想することが,今後の財政法研究の課題となろう。
(要約)
今日の国家は,その活動に必要な資金の調達を租税収入以外の公債の発行,すなわちデット・ファイナンスに大きく依存している。この状況は,国家のガバナンスに対してどのような影響をもたらすだろうか。
同様にデット・ファイナンスを用いて大規模な活動を展開している主体としては株式会社があるが,株式会社における株主・会社債権者・経営者という利害関係者は,それぞれ国民・国債保有者・政府になぞらえることができる。その一方で,株式会社と国家との間には,その活動の目的(収益事業による企業価値の最大化か,公共財の供給・景気の安定化・所得の再分配か),それにより株主・国民が享受する利益,破綻した場合に株主・国民が受ける影響などに違いがある。また,国家が債務者である場合には,訴訟・強制執行・破産などの司法手続の利用可能性にも限定がある。
本稿は,これらの違いに留意しつつ,株式会社によるデット・ファイナンスのガバナンスへの影響に関する議論(負債のエージェンシー・コスト,債権者によるモニタリングとその委任,負債の規律効果)が国家によるデット・ファイナンスの文脈にどの程度応用できるかを検討しようとするものである。
(要約)
本稿では,公企業と私企業が数量競争を行っている混合寡占市場に関する先行研究とその拡張分析の結果を示し,公的金融機関と民間銀行が競争している我が国の金融サービスの市場への示唆を検討した。混合寡占市場では,公企業が社会的余剰の最大化を目指す理想的な存在であっても,あらかじめクールノー競争の均衡生産量より低い生産量を選択し,それにコミットすることが望ましい。このため,公的金融機関の預入・貸出上限は,適切に設定されていれば,社会的に望ましい結果をもたらす。同じ理由で,公企業は少なくとも部分的に民営化することが望ましく,公企業の生産性が低いほど,私企業の数が多いほど,完全民営化が望ましくなる。公企業の生産性が極端に低く,私企業の数が十分に多い場合には,公企業は,民営化するのではなく,清算するのが望ましい。公的金融機関(事業)の民営化あるいは清算の判断にあたっては,市場構造を詳細に調査した上で,均衡における社会的価値を基準にして判断すべきである。