平成24年9月発行
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<特集>医療制度における公的保険と民間保険の役割
田近栄治一橋大学国際・公共政策大学院教授 責任編集
| 田近 栄治 (一橋大学国際・公共政策大学院教授) | |
| T.はじめに U.医療保障における政府と民間医療保険の役割 V.民間医療保険の機能分類 W.医療保障における政府と民間保険の役割:各国の事例 X.日本の医療制度に対する政策的含意 Y.おわりに | 田近 栄治 (一橋大学国際・公共政策大学院教授) 菊池 潤 (国立社会保障・人口問題研究所室長) |
| T.はじめに U.公的医療保険制度の課題 V.民間医療保険の現状 W.日本における民間医療保険の機能 X.民間医療保険活用の可能性 Y.おわりに―医療制度改革の方向性− | 田近 栄治 (一橋大学国際・公共政策大学院教授) 菊池 潤 (国立社会保障・人口問題研究所室長) |
| T.はじめに U.混合診療禁止ルールの基本概念と海外の類似ルールとの比較 V.混合診療禁止ルールに関する政策論争 W.混合診療禁止ルールの違法性に関する司法判断 X.混合診療解禁が医療制度に与える影響について Y.公私財源の活用に関する政策的示唆 | 河口 洋行 (成城大学経済学部教授) |
| T.はじめに U.オランダの医療制度改革:管理競争の導入に向けて V.画期的な前進:2006 年健康保険法 W.管理競争のための前提条件 X.管理競争の基盤─リスク調整制度 Y.成果,論点および課題 Z.結論 [.論考 | リチャード・C・バン クリーフ (エラスムス大学講師) |
| T.はじめに U.公的医療保険の特徴 V.民間医療保険の特徴 W.公的医療保険と民間医療保険の相違点 X.公私関係の見直し Y.公的医療保険における選択と競争の拡大 Z.民間医療保険への公的関与の強化 [.まとめ | 松本 勝明 (北海道大学公共政策大学院教授) |
| T.フランスの民間医療保険−「補足的」医療保険 U.法規制と活動の現状 V.補足的医療保険をめぐる法改正の動向 W.検討 | 笠木 映里 (九州大学法学部准教授) |
| T.はじめに U.カナダの医療制度の文脈 – 公的/民間の組み合わせのダイナミックス V.病院/医師サービスの民間支払区分を抑制している州の法律 W.裁判所への提訴 X.Chaoulli 訴訟後の裁判所への提訴 Y.公私医療制度に対する裁判所の理解 Z.医療制度の類型別分類 [.もしカナダの違憲訴訟が成功したら? \.司法審査を通じた医療制度の改革 | コリーン・M・フラッド (トロント大学法学部教授) |
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医療保障における政府と民間保険の役割:理論フレームと各国の事例
| 田近 栄治 | (一橋大学国際・公共政策大学院教授) |
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| 菊池 潤 | (国立社会保障・人口問題研究所室長) |
(要約)
公的医療保障制度の持続可能性をいかに高めていくかは先進各国共通の課題である。本稿では,公的医療保障制度と民間医療保険の双方に着目し,制度の持続可能性を高めるために必要となる両者の役割について,概念的,実態的な検討を行った。本稿で得られた主な結果は以下の通りである。
第1に,個人と保険者,患者と医師の間には情報の非対称性が存在し,医療保険やサービスを完全に市場に委ねることはできない。多くの先進諸国では皆保障体制を採用し,公的医療保障制度が基本的な医療へのアクセスを保障し,民間保険は公的医療保障制度の機能を補完する役割を担っている。
第2に,先進各国における両者の関係は歴史的経緯のなかで形成されており,両者の最適なバランスを模索した結果とはいえない。また,民間保険の活用が医療の効率化に寄与するとも限らない。重要なことは公的保険の守備範囲を明確にすることであり,その際には,費用対効果も加味した検討が必要となる。とくにわが国では公的保険の給付対象が広範であることから,保険適用サービスの一部を選定療養とすることにより,個人の選択を活かすべきである。この際,民間保険には,現在の定額金銭給付に加えて,適用外サービスの実損補償という新たな役割が期待されることになる。
第3に,諸外国の経験を踏まえると,わが国では,社会保険に対する公費負担の目的を明確にするとともに,保険者に対する「事後的」な支払いを「事前的」な支払いに改める必要がある。以上の見直しにより,保険者のコスト意識が喚起され,保険者機能の強化につながることが期待される。
(要約)
本特集の第1論文である田近・菊池(2012)では,公的医療保険と民間医療保険の機能について概念的に整理し,先進各国における両者の役割について実態的な検討を行った。本稿では,そこでの議論をもとに,わが国において両者が果たしている役割と課題について検討し,目指すべき医療制度改革の方向を提示した。
わが国の医療保障制度の課題としては以下の二点が指摘できる。第1は,公的保険制度自体の課題であり,保険者が単なる支払い機関となり,個人(患者)の代理人としての保険者の機能が欠如している点である。第2に,公的保険の守備範囲がきわめて広く,民間保険の果たしている役割は限定的となっている。実際,わが国の民間保険の多くは定額金銭給付であり,諸外国で見られる実損補償型の保険はほとんど提供されていない。
以上の課題に対しては,次のような対応が求められる。まず,保険者機能の強化に対しては,社会保険に対する公費投入の目的を明確にし,安易に税財源に依存する体質を改める必要がある。あわせて,保険者に対する支払いを「事後的」な支払いから「事前的」な支払いに転換し,保険者のコスト意識を喚起することが必要となる。
公的保険の守備範囲に関しては,給付範囲の縮小を視野に入れた検討が求められる。その際,医学的妥当性や安全性に加えて,費用対効果を加味した検討が求められ,公的保険の肥大化を回避する必要がある。具体的には,現在保険適用とされているサービスの一部を「選定療養」とし,サービスの利用を個人の選択に委ねることにより,個人の選択を活かしつつ改革を進めていくことが可能と思われる。その際,民間保険には,適用外サービスに対する実損補償という,新たな役割が期待されることになる。
(要約)
本研究の目的は,混合診療の全面解禁が「公平性」及び「効率性」の観点から医療制度に及ぼす影響を理論的に検討することである。その結果,公平性については解禁により新しい医療技術へのアクセスが向上する一方で,所得層によるアクセス格差が顕在化することが示唆された。併せて,この格差は民間医療保険の利用により改善するが,地域保険料方式の規制などの低所得者向けの配慮が必要であることがわかった。効率性については,当該民間医療保険の利用による事後モラルハザード及び保険外診療における供給者誘発需要の恐れが強いことも示された。尚,政府の制御する混合診療である保険外併用療養費制度が拡大される場合と比較すると,アクセス格差や事後モラルハザードの問題はあるもののその規模は限定されると考えられる。一方,供給者誘発需要の問題は保険診療と同様に軽減されるというメリットがあると考えられる。
(要約)
1990年代初頭に,オランダ政府は,医療分野におけるサプライサイドの規制(supply-side regulation)を「管理競争(managed competition)」に切り替える政策転換を行った。管理競争の考え方は,公共の目的に適う医療制度を保証するため,政府が一定の規則を課した上で,保険者と医療提供者が価格と質をめぐって競争することにある。そしてこの改革の最終的な目的は,全国民に良質な医療へのアクセスを保証しつつ,医療の効率化を実現することにある。しかしながら,管理競争が機能するためには,いくつかの重要な前提条件が満たされなければならない。本稿では,これらの前提条件について述べ,オランダでの達成状況について検討する。その際,管理競争の基礎となるリスク調整にとくに着目する。オランダの経験から得られる重要な教訓は,これらの前提条件を満たすには,長期的なプロセスを伴うということである。これまでの経験は,これらの取り組みがいくつかの成果をもたらすと同時に,解決を要する深刻な課題を明らかにしている。
(要約)
ドイツにおいて,民間医療保険は,公的医療保険を補完するだけでなく,代替する役割も担っている。公的医療保険と民間医療保険との関係については,公的医療保険に加入していない者に対する民間医療保険の契約締結義務が導入されるなど,近年において様々な見直しが行われている。また,今後の医療保険改革を巡る議論においては,両者の関係を根本的に変更するような提案も行われている。
本稿は,これらの見直しや提案について検討することにより,次のことを明らかにした。全ての者を対象にする国民保険の導入は提案されているが,現在までのところ公私関係に決定的な変化をもたらす改革は行われていない。また,公的医療保険による給付の範囲を縮減し,民間医療保険へ移管することが進んでいるわけではない。むしろ,公的医療保険の中に民間保険的な要素を導入することによりその効果と効率性を高めることが政策の方向となっている。
(要約)
フランスの医療の分野では,皆保険の原則を採用する公的医療保険に加え,原則として個人が任意で加入する私保険が広く普及している。フランスの公的医療保険には比較的大きな患者自己負担が存在するため,このような私保険(補足的医療保険)への加入は必要不可欠であり,そうした状況を背景として,補足的医療保険には,通常想定される私保険のロジックには必ずしも一致しない様々な特殊な法規制が課されている。また,近年においては,税財源を用いて低所得者を補足的医療保険に無拠出で加入させる制度や,補足的医療保険の保険者が社会保険給付のコントロールに参加する仕組みが導入され,私保険の社会保険への接近・両者の一体化の傾向が顕著である。こうした制度は,民間医療保険と呼ばれるものの中にも,その国の社会的・歴史的文脈により多様なものが存在しうること,社会保険と民間保険とが相互に影響を及ぼし合って発展することの一つの例として,また,公的医療保険を補足する形での私保険の活用が一国の医療保障制度に導きうる問題を明らかにする観点から,興味深い研究対象を提供している。
(要約)
カナダと日本では,医療における民間保険を通じる保障の強化について裁判による判断がなされている。本論文はカナダにおける裁判がこれまで,世界各国における自費支払い方式(とくに民間保険)の役割の違いについていかに誤解に基づいているかを論じたものである。筆者は,各国の医療制度における民間保険の役割を分類することによってこの点を明らかにしたい。すなわち,カナダにおける民間保険を通じた支払いを制限する法律を(裁判によって)否認しても,一部の人々が主張するように,カナダの制度がフランス,オランダやドイツなどのヨーロッパの「より良い」医療制度に変容するわけではない。実際は,カナダの現在の仕組みを否認すれば,ニュージーランドや英国における二重の民間保険(Duplicate Private Health Insurance)に一歩近づくことになるだけであり,その結果,公平性と効率性のいずれも改善されないであろう。
本稿の結論は,民間保険の機能に関する複雑な実証研究の結果を前提とすれば,政府が医療制度のあり方や規制方法について適切な判断を下すべきであり,カナダであれ日本であれ,裁判所は政府の政策選択に立ち入る判断を下す際には,細心の注意を払うべきである。