財務総合政策研究所

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フィナンシャル・レビュー
平成23年(2011年)第2号(通巻第103号)

平成23年1月発行

目次 要約へ

<特集>財政法の新たな展開

中里実東京大学大学院法学政治学研究科教授責任編集

序文[1.0mb,PDF]

中里 実

(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

財政制度をめぐる法律学と経済学の交錯−法律学の立場から−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.3mb,PDF]

T.本稿の課題

U.法律学と経済学の棲み分け―視点の相違

V.法律学と経済学の交錯―生産的な対話のために

W.結語―財政「制度」の学際的な研究に向けて

藤谷 武史

(北海道大学大学院法学研究科准教授)

財政法におけるリスクと時間−Contingent Liabilityとしての公的債務保証−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.6mb,PDF]

T.本稿の問題意識と検討対象

U.財政と時間 〜問題点の抽出〜

V.財政法とリスク 〜明示的偶発債務の統制手法〜

W.リスク・時間・発生主義予算

X.結びに代えて

神山 弘行

(岡山大学大学院社会文化科学研究科(法学)准教授)

移転支出と税:ネットの視点とグロスの視点

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.2mb,PDF]

T.はじめに

U.ネット概念の重要性

V.グロス概念の重要性

W.移転支出以外の歳出

X.結語

渡辺 智之

(一橋大学国際・公共政策大学院教授)

財政と法的規律−財政規律の確保に関する法的枠組みと財政運営−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.2mb,PDF]

T.はじめに

U.財政法と財政規律

V.財政構造改革法と財政運営

W.諸外国における財政健全化目標と法律

X.今後の課題―財政規律の確保と法律的枠組み

杉本 和行

(東京大学公共政策大学院教授)

国家財政破綻への対応−国際金融における実例を基に−

要約(日本語)要約(英語)  本文[2.1mb,PDF]

T.IMFにおける、国家債務再編メカニズムの議論

U.パリクラブにおける債務問題への対応

V.国際通貨基金(International Monetary Fund, IMF)の機能とその変遷

W.東アジアにおける地域金融協力

X.共通通貨ユーロとラトビア・ギリシャ問題

浅川 雅嗣

(財務省副財務官)

予算審議過程における租税移転(Tax Transfers)把握の試み−租税歳出予算の新たな枠組み−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.3mb,PDF]

T.はじめに

U.予算過程における歳出と歳入の一体的把握

V.アメリカ連邦予算における租税移転の把握

W.わが国への示唆

吉村 政穂

(横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授)

年金財政をめぐる膠着状態打破に向けた将来予測計算信用性確保措置としての移転価格紛争処理方式の応用の考察

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.2mb,PDF]

T.本稿の目的

U.年金財政をめぐる膠着状態

V.将来予測計算信用性確保措置としての移転価格紛争処理方式の応用

W.まとめと限界

浅妻 章如

(立教大学法学部国際ビジネス法学科准教授)

財政法と憲法・私法−財政の法的統制−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.4mb,PDF]

T.はじめに

U.中世領邦領主の領有権

V.王の家政から国の財政へ−主権概念の成立と財政

W.財政法の暫定的な定義

X.財政の法的統制と今後の方向

Y.まとめ−手続法から実体法へ−

中里 実

(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

アメリカ連邦予算過程に関する法学研究の動向

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.2mb,PDF]

T.はじめに

U.連邦予算過程の概観

V.予算過程に対する規律・総論

W.予算過程に対する規律・各論

X.むすびにかえて

渕 圭吾

(学習院大学法科大学院教授)

公会計−会計学・経済学・法学の交錯領域として−

要約(日本語)要約(英語)  本文[1.2mb,PDF]

T.はじめに

U.公会計制度の概観

V.公会計制度の機能的考察−会計学・経済学的知見を手がかりとして−

W.制度改革が意味すること−法学的視点から−

田尾 亮介

(政策研究大学院大学政策研究科講師)


《財政法の新たな展開》

財政制度をめぐる法律学と経済学の交錯 −法律学の立場から−

藤谷 武史 (北海道大学大学院法学研究科准教授)

(要約)

法律学と経済学は、ともに財政制度に関心を持つ学問領域であるにも関わらず、相互の対話はこれまで活発とは言えなかった。本稿は、法律学と経済学が「財政」を把握する際の着眼点が異なることを示し、このために議論がすれ違いの関係になっていることを明らかにした上で、両者のより生産的な対話に向けた、理論的な準備作業を行うものである。

特に、法律学(財政法学)の観点からは、経済学(公共経済学・公共選択論)との対話は、以下の諸点を明らかにする契機として、重要な意味を持つ。@公共団体(財政主体)を所与の前提とし金銭の流れに着目する視点を相対化するとともに、法律学的視点の固有の意義を再確認する契機となる。A法的主体に限定せず、行為主体のインセンティブ構造や主体間の相互作用にも着目することで、これまで法律学的検討が低調であった組織内部法的規範についても、実体的な政策論・制度設計論に接続しうる研究が可能となる。B明文の法的ルールのみならず、均衡に影響しうる要素をも総合的に把握する中で、法を相対化しつつ固有の意義を探求すべきこと(たとえばソフトローの視点が有益であること)が示唆される。C法規範を設定しうる政治部門自身を名宛人とする財政規範が直面する「制度設計者を誰がどう規律付けるのか」というディレンマ(「設計者問題」)が、法律学のみならず公共経済学・公共選択論にも共通する問題であると理解した上で、認識論的な進化ゲーム理論の枠組みを援用して、この問題に対する理論的見通しを示しつつ、その中に新たな財政法学の役割を位置づける作業が可能となる。本稿は、以上の諸点を具体例を織り交ぜつつ試論的に提示することで、新たな財政法学の研究の方向性を提案するものである。

キーワード:財政法学、制度理論、ゲーム理論

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《財政法の新たな展開》

財政法におけるリスクと時間 −Contingent Liabilityとしての公的債務保証−

神山 弘行 (岡山大学大学院社会文化科学研究科(法学)准教授)

(要約)

我が国の憲法および財政法は,単年度予算を主軸として,財政統制を行なっている。財政法が採用している現金主義的な単年度予算には,キャッシュ・フローの統制という点では一定の利点が存在する。しかし,現在の国家活動のコストが「単年度」という時間枠組みを超えて発生する場合にその限界が露呈することになる。本稿では,政府のリスク・テイキング(とりわけ政府の債務保証)を題材に,予算における単年度という時間枠組みの有効性と問題点を検討するものである。

財政法の構造は,政府の債務保証に代表される「明示的偶発債務(explicit contingent liability)」について,ストックの側面からの統制を試みている。しかし,現金主義的単年度予算を採用する我が国の財政法の下では,即時の現金支出を伴う直接出資ないし融資よりも,即時の現金支出を伴わない債務保証等の財政支援の方が,財政赤字の拡大に寄与しないため,国民ないし政策決定者がコストを正確に認識できず,過大に利用される危険性を内包している。

その意味で,現行の財政法は,政策手段の決定に対して「非中立的」な構造になっている。これは,各論的にみれば債務保証と直接融資の間の選択に対する財政制度の歪みである。しかし,この問題は「リスク」に対して財政法がどのようにコントロールをするかというより根本的な課題と密接に関連している。

本稿は,このような問題意識のもと,公的支援として利用される政府の債務保証を題材に予算過程において国の明示的偶発債務(contingent liability)の統制について,ストックの観点だけでなく,フローの観点からも統制を行なう方法を模索するものである。本稿では,諸外国の財政上のリスク統制手法を類型化した上で,単年度の時間枠組みを維持しつつ予算統制を強化する手法としての発生主義予算に着目をする。

発生主義予算には,予測の変動や評価の困難性など幾つかの問題が存在するため,全面的な採用には課題が多い。しかし,現金主義的予算を補完する制度として予算制度に組み込むことで,財政の中立性および透明性を高める可能性を秘めている。

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《財政法の新たな展開》

移転支出と税:ネットの視点とグロスの視点

渡辺 智之 (一橋大学国際・公共政策大学院教授)

(要約)

本稿では、財政支出のうちでも特に移転支出に焦点を当てて、移転支出と課税が、財政と国民経済の相互関連を考える上で、プラスとマイナスの関係にあるものとみて両者をネットで考えればよいのか、あるいは、それぞれの機能や役割分担を考慮しつつ、グロスで考える必要があるのか、という論点について、基礎的な検討を試みる。財政の所得再分配機能に着目すれば、課税と社会保障給付等の移転支出については、その両者を相殺したネットの効果が重要であり、グロスの観点は本質的でない、というのが一般的な経済学的発想であろう。しかし、実際の財政制度は、不完全な情報のもとで、人々のインセンティブを考慮して運用されざるを得ない以上、財政法や租税法に基づく適切な制度構築は不可欠である。その際、移転支出と税は単にプラス・マイナス項目として相殺されるとは限らず、グロスのキャッシュフローをもたらす(あるいは、キャッシュフローに伴う)情報のあり方そのものを考察の対象とする必要が生じる。情報やインセンティブの問題に関する基本的問題については、経済学のツールを用いて考察することが有用である。このように、ネットの視点をとるか、グロスの視点をとるかは、対象としている課題に応じて適切に設定する必要がある。一般に、財政政策に関する問題を分析する際には経済学と法律学による複眼的なアプローチが必要である。

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《財政法の新たな展開》

財政と法的規律 −財政規律の確保に関する法的枠組みと財政運営−

杉本 和行 (東京大学公共政策大学院教授)

(要約)

  • 我が国の財政は未曾有の厳しさの中にあり、財政規律をどう図っていくかは経済財政運営にとって最大の課題のひとつである。本稿においては、財政規律の確保に関する法的枠組みとその運用について考察を行う。

(財政法上の法律規律)

  • 財政法第4条の建設公債の原則は後世代に受益以上の負担を残さないという重要な考え方を体現したものであるが、特例公債の発行が常態化、多額化している財政の現状からすれば実現への距離は遠い。従って、プライマリーバランスの黒字化や公債残高のGDP比の低下といった当面の目標を法律化することを考える必要がある。

  • 財政法第5条に規定される中央銀行による公債引受の禁止の考え方は先進国共通のスタンダードとなっており、今後ともその基本は守るべきであろう。ただし市場を通じた中央銀行の国債買入により通貨供給を行う手段を確保しておくことは経済政策の観点からは必要と考えられる。

(財政構造改革法の経験)

  • 財政健全化を進める観点から、1997年に財政構造改革法が制定され、財政赤字の対GDP比、特例公債発行ゼロといった財政健全化目標を設定し、主要歳出分野の経費に「キャップ制」を設けた。

  • 財政運営の方針は閣議決定で行えば充分であるという考え方もあったが、国の財政運営方針の基本は法律にして国会の意思を明確にしておくという選択がとられたものであり、我が国において初めてのやり方であった。

  • 2006年に決定した財政運営方針である「基本方針2006」では閣議決定どまりとされた。

  • 財政構造改革法の制定にあたっては、主要な経費についての複数年にわたる量的縮減目標を法律に規定することと予算単年度主義や内閣の予算編成権との法制上の問題が整理されることとなった。

  • アジア通貨危機や日本国内の金融機関危機が起こり、経済が後退したこともあって、財政構造改革法は1998年に凍結された。

(諸外国における財政健全化についての法制度)

  • 主要国では財政健全化に向けて、憲法改正も含めた法的措置がとられてきている。

  • ドイツでは憲法改正により財政健全化目標が規定された。

  • フランスでは財政健全化について憲法改正を含めた検討が行われている。

  • 英国では財政責任法が制定された。

  • EUでは「安定と成長に関する協定」で財政赤字のGDP比と債務残高のGDP比の限度が規定されている。

  • アメリカでは1990年代において「OBRA90」、「OBRA93」が制定され、財政健全化に効力を発揮した。最近では「ペイゴー法」が制定された。

(財政規律の確保と法的枠組み)

  • 財政規律の緩和が容易であるのに対し、強化は困難であるという非対称性を考慮に入れれば、財政規律の保持は強い政治的な意思の下、中期的な枠組みを定めて進めていくべき課題である。政治的なコミットメントを明確な形で確保しておくためにも、法律をもって定めておくことは重要な意義をもつ。政権交代の可能性のある政治状況下ではなおさら必要とも考えられる。

  • 財政法第4条及び第5条だけでは当面の財政健全化に向けて充分とはいえず、財政健全化目標を掲げ財政運営の基本方針を規定する法律制定を検討することは重要な課題であると言える。ただし、経済の急変にも対応できるような法律の構造を担保しておくことも必要である。

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《財政法の新たな展開》

国家財政破綻への対応 −国際金融における実例を基に−

浅川 雅嗣 (財務省副財務官)

(要約)

国家が破綻するとは、そもそも何を意味するのであろうか。究極的には、ある国家の公的債務が、否認、放棄されたり、その履行が拒否されたり、支払いの停止が宣言されることを指すが、実際には、支払期日における支払いの不履行がそのトリガーとなり、結果としては元利金が減額されたり、債務支払いが繰り延べられたりする債務のリストラクチャリングを招来することが多い。

国際金融の現場では、2000年代前半に国際通貨基金(IMF)において、国家債務のリストラクチャリングを法的枠組みを通じて行おうとする、いわゆる国家債務再編メカニズムが議論されたが、明確な結論は出ないまま終わった。本稿では、まずその際に行われた議論を整理した後で、実際に公的債務のリストラが行われるパリクラブの機能と役割を、時代の変遷をたどりながら、最近の課題も含めて論ずる。さらに、財政危機のみならず、広く国際収支危機に対応する上で中心的な役割を果たしてきたIMFの機能とその変遷につき、1990年代に発生したテキーラ危機及びアジア通貨危機、そして今回のリーマンショック後の世界金融危機を材料として整理する。次に、2000年代に入ってから積極化した東アジアにおける金融協力の流れを、最後に通貨同盟が有する経済的インプリケーションについて、2009年に起こったギリシャ危機を題材に、論じてみたい。

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《財政法の新たな展開》

予算審議過程における租税移転(Tax Transfers)把握の試み
−租税歳出予算の新たな枠組み−

吉村 政穂 (横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授)

(要約)

1 問題意識

近年、所得税が持つ再分配機能への関心が高まるに伴い、課税と給付との一体的・統合的な把握を主張する見解が増えている。しかしながら、所得再分配ないし社会保障の分野で、歳入面と歳出面の一体的把握の意義・必要性が説かれる場合、その(一体的)把握は、議会における予算審議過程に反映することを考える必要はないのか、また、予算審議過程への取込みを試みたとき、どのように予算に取り込むことが想定できるだろうか。従来、歳入面(租税歳出)においても予算と同等の統制を及ぼすべきことを説く学説は存在したが、それらが念頭に置いていたのは「誘導」のための措置であった。従来の租税歳出論はその延長として租税移転を捉えることが可能だろうか。

2 構成

第U章において、わが国の租税歳出論およびその実現に向けた動きが、もっぱら納税者の行動を一定の方向に誘導するための措置に焦点を当てたものであったことを確認する。その上で、すでに租税歳出予算の仕組みを持つアメリカにおいて、租税移転の問題がどのように捉えられているのかを第V章で見ることとする。アメリカでも、勤労所得控除(Earned Income Tax Credit, EITC)等の拡大を受け、租税歳出の枠組みを見直す動きがあること、とりわけ租税合同委員会により2008年に発表された報告書を取り上げ、提案された新しい枠組みがどのようなものであるかを紹介する。最後に、簡単にわが国への示唆を提示する(第W章)。

3 示唆

租税合同委員会によって提案された新しい枠組みは、従来の租税歳出論が担ってきた歳出管理および税制改正の指針という2つの目的を整理するものであった。それは、租税歳出予算制度を、歳出管理目的に特化して位置づけた上で、より機能的な概念区分を構築しようとしたものである。歳出管理という視点から、租税補助金(Tax Subsidies)と税制に基因する構造的歪み(Tax-Induced Structural Distortions)を区分し、前者について、さらに租税移転(Tax Transfers)、社会的支出(Social Spending)、および事業支援支出(Business Synthetic Spending)という下位区分を設ける枠組みは、合理性を有するものと考えられる。

もっとも、このように機能的に定義されたカテゴリーでありながら、租税移転のカテゴリーには、課税と負担の一体的把握という視点から意味を持つはずの人的控除・非課税額等についての取扱いは含まれない。それらが、税率構造の決定問題と結びついたものであること、また、歳出管理という従来の制度目的からは、それが租税歳出概念からはこぼれ落ちてしまっていることを指摘できる。

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《財政法の新たな展開》

年金財政をめぐる膠着状態打破に向けた将来予測計算信用性確保措置としての移転価格紛争処理方式の応用の考察

浅妻 章如 (立教大学法学部国際ビジネス法学科准教授)

(要約)

本稿の目的は、年金等をめぐる老年世代の社会保障について直接的な処方箋を考察することではなく、議論の環境整備の一助として、年金等の将来予測計算が信用されるものとなるような方策を考察することである。

現在の民主主義政治下では老年世代への配慮が強い。そして老年世代は若年世代よりも財政再建を重視しない傾向がある。財政破綻が生じた場合に現役世代よりも苦しむであろう老年世代が財政再建を重視しないことは不思議であるが、財政再建のために給付削減(消費税増税等も含む)に応ずるという安全策よりも、年金等の社会保障から手厚い給付を受け取ったまま逃げ切りを図るというリスキーな策を選んでいると理解できる。これは、財政破綻等の可能性を深刻に受け止めていないためではなかろうか。

年金財政をめぐる政府の将来予測計算は不誠実に楽観的に示されている。政府関係者(政治家及び官僚)には、深刻な将来予測計算を示して真剣に制度改革を目指すよりも、その場しのぎのために将来予測計算を取り繕うというインセンティヴが働いている。これは倫理的非難のみでは改善が期待できない。また、専門家が内心において真摯に財政状況を検証しても、それだけでは国民に信用されないようでもある。年金等の財政状況の深刻さを国民に伝えるには、ポジショントークではありえないと思われるようなインセンティヴ構造を設計し、将来予測計算が信用されるものとなるようにすることも、重要であろう。

将来予測計算の信用性確保措置として、本稿は移転価格紛争解決方式のうちの一つとして期待される所謂ベースボール方式の応用を考察する。ベースボール方式とは、野球選手が高い年俸を主張し球団が低い年俸を主張するという状況下で、第三者がどちらかの主張を採用するというものであり、これにより両当事者の主張が接近していくことが期待されるものである。この応用として、年金等の財政状況に関し、政府関係者が不誠実に楽観的な将来予測計算を示しているのに対して、悲観的な将来予測計算をする勢力との間で将来予測計算の精度を競わせるべきではなかろうか。残念ながら、年金等の財政の健全さについては野球選手の年俸をめぐるような所有者のような究極的利害関係者が存在しないという恨みがあり、この克服のためには財政の将来予測計算について楽観/悲観的計算をしたがるような状況を人為的に作り出す必要もあるかもしれない。

キーワード:公的年金、将来予測

JEL Classification :H55、H68

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《財政法の新たな展開》

財政法と憲法・私法 −財政の法的統制−

中里 実 (東京大学大学院法学政治学研究科教授)

(要約)

本稿は、憲法・私法との関連に留意しつつ、財政法の基本的な構造とその法的統制のあり方について、理論的にその基礎的構造を明らかにすることを目的とする。そのために、中世以降のフランスの財政の歴史に注目する。特に、基本的に私法に根ざす封建制下の領邦領主の領有権に代わる、私法から分離された存在としての主権概念の成立とその変化に留意する。これは、すなわち、私法的な基礎に立つ中世封建制下の領邦領主の領有権が主権概念の導入により変容して、主権概念に裏打ちされた絶対主義の下の国民国家が成立したが、そこにおいて成立し現在に続く公法の領域には依然として私法的なものが残存してきたと考えられるからである。それ故に、財政に関する法律関係は、必然的に、公法と私法の融合した存在とならざるを得ないが故に、それに応じた法的統制が考えられなければならないというのが、本稿の基本認識である。

財政に関する法について考える際には、どうしても、私法の意義を意識する必要がある。換言すれば、財政に関する法は、憲法や財政法における国家内部の統制に関する手続法と、国家と国民の関係に関する基本的に私法に依拠するところの実体法の二つの組み合わせからなっており、それに応じて、財政に対する法的統制のメカニズムも、二面的構造を有するというのが本論文の基本的な立場である。

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《財政法の新たな展開》

アメリカ連邦予算過程に関する法学研究の動向

渕 圭吾 (学習院大学法科大学院教授)

(要約)

アメリカ合衆国の連邦予算過程について、アメリカの法学者たちは法学以外の分野の道具立てを利用しつつ興味深い研究を行っている。これらの研究はまだ十分に成熟したものとは言えないし、アメリカと日本では予算をめぐる制度も大きく異なるが、これらの研究の柔軟・闊達な議論ぶりは注目に値する。とりわけ政治哲学、政治学、憲法学の成果が連邦予算過程の分析に生かされていることは、それが成功しているかどうかはともかく、予算に関する法的議論が比較的古典的な枠組みの中にとどまっている日本の研究と好対照をなしている。本稿では、アメリカ連邦予算過程の概要を説明したのち、予算過程に関する規律を法学者が分析する枠組みを紹介し、これらを踏まえていくつかの連邦予算過程に関する法学者による論文の概要を紹介する。

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《財政法の新たな展開》

公会計 −会計学・経済学・法学の交錯領域として−

田尾 亮介 (政策研究大学院大学政策研究科講師)

(要約)

近年、国の財政状況に関して、予算書や決算書によるフローの情報のみならず、資産や負債などのストックの情報をも明らかにすべく、国の会計基準等が整備され、企業会計的手法に基づいて貸借対照表や業務費用計算書などの財務書類が作成、公表されてきた。また最近では、省庁別の財務書類のみならず、政策別のコスト情報を作成、開示する動きも見られる。

財務書類の作成と公表を通じて国の財政状況を明らかにする目的は、国民や市場関係者への説明責任の履行、財政活動の効率化・適正化にあるとされるが、何より重要なのは財政に関する民主的決定に資する情報の充実にある。

公会計においては、企業会計にはない視点として、世代間の公平性が重視される。しかし、世代間の受益と負担についてはさまざまな要素を考慮に入れなければならず、貸借対照表の資産負債差額はその指標になりえない。

公会計は企業会計的手法に準拠して整備されてきたことから、本来、過去の財政運営の結果、資産や負債がどのように変化してきたかを回顧的に検証するものである。しかし同時に、逼迫する財政状況からは、将来においてどの程度利用可能な資源が残っているかを将来キャッシュ・フローの観点も取り入れて明らかにする将来予測的な視点も不可欠である(本稿ではこれを会計学的思考と経済学的思考の交錯と位置づける)。重要なことは両者の視点が混在しうることを認識することであるが、将来予測的な視点を重視するなら、貸借対照表の資産には将来税収たる課税権を含めるべきであるし、公的年金債務のような重要な政策課題にかかわるものは(包括的な財務書類だけでなく)個別に貸借対照表を作成することも情報開示の観点からは有用である。

公会計の整備は法制上の措置を講ずることなく進められてきた。また、現金主義会計による財政の民主的統制と抵触することはなく、制度改革に伴う影響は小さいかもしれない。しかし、財政において「フロー」から「ストック」、議会による「決定」の局面から行政による「管理」の局面へと重心が移行しつつあり、公会計を諸制度との関連のなかで明確に位置づける必要がある。

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