アフリカ開発銀行(African Development Bank:AfDB)
更に詳しい情報は下記インターネットホームページをご参照ください。
http://www.afdb.org/ (英語)


地域密着型の貧困削減支援をめざして。
 
   目的と課題


 アフリカ開発銀行グループは、アフリカの加盟国に対し持続的な経済・社会開発の推進に必要な資金を融資するため1964年9月に設立され、以来、地域に密着した国際開発金融機関として支援を行ってきました。アフリカ開発銀行(AfDB)は準商業ベースで、アフリカ開発基金(AfDF)は特に貧しい国々に対し、より緩やかな条件で貸付等を行っています。
 20世紀最後の四半世紀に世界の開発途上国が目覚しい経済成長を遂げましたが、アフリカ大陸は、頻発する内戦、エイズやマラリアといった感染症、加速する環境破壊等のために、こういった世界経済の動きから取り残されてしまいました。また、90年代末にかけて膨大な額に膨れ上がった対外債務は、開発や行政サービスの提供に多大な影響を及ぼしました。その結果、世界で最も貧困とされる国の2/3がアフリカ大陸に集中するなど、極めて多くの人々が大変厳しい貧困の中に暮らしています。
 このように一層深刻化しつつある経済社会状況を打開するために、最も貧しくかつ過大な対外債務を抱えている国々(重債務貧困国)に対する債務救済枠組みが国際的に合意され(1999年、拡充HIPCイニシアティブ)、現在、同イニシアティブの下で具体的な救済措置がとられているところです。また、アフリカ諸国も自ら経済開発を推進するべく、2001年に「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」を打ち出し、「アフリカにおける貧困撲滅、持続可能な成長と開発、世界経済への統合をアフリカ人自身の努力で目指す。アフリカとしての共同責任において、平和、民主主義、人権、良い統治、健全な経済運営を促進する。開発パートナーとの間では、これまでの援助従属ではなく、共同責任と相互利益に基づく新しいグローバル・パートナーシップを追求する。」との目標を掲げています。
 アフリカ開発銀行グループは、@借入国政府だけでなく、市民社会やNGO等と協調し、A政府の能力強化、地域経済協力・統合の推進、環境やジェンダーへの配慮を念頭におきつつ、B特に重要と考えられる農業農村開発、人的資源開発、民間セクター開発に対し優先的に支援を行っています。今後、アフリカ開発銀行はこういった組織の専門性を生かしつつ、国際社会及びアフリカ自身による経済開発への努力をより一層実りあるものにするために尽力することが求められています。

 AfDBの出資割合

AfDBの出資割合

地域別融資状況(2002年)、部門別融資状況(2002年)

組織と運営

 AfDBの本部は、現在、チュニジアのチュニスに移転しています(正式な所在地はコートジボワールのアビジャンです)。AfDBの最高意思決定機関は総務会ですが、総務会は、一部の権限を除いて日常業務を理事会に委任しています。総裁は日常業務の運営にあたる事務局の長です。AfDBの政策や融資案件等は事務局が企画・立案し、理事会の審議で承認されたのち、実施されます。
 

AfDBの歩みと日本

アフリカ諸国のオーナーシップ(自助努力)を支援。

 現在、我が国はAfDBグループにおいて出資者としての役割を担っております。またAfDBは主に市場等を通じ中長期的な資金を調達していますが、我が国の金融市場も他の先進国の市場と並びAfDBの重要な資金調達先の一つです。
 さらに、我が国は1993年から数次にわたり東京でアフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development:TICAD)を開催し、国際社会によるアフリカ支援の枠組み策定に貢献していますが、国際社会におけるアフリカ問題への関心が高まる中、我が国は、TICADプロセスが始まり10周年となる2003年9月にTICADVを開催しました。TICADVでは、「人間中心の開発」、「経済成長を通じた貧困削減」、「平和の定着」を対アフリカ協力推進の柱とするとともにTICADを通じてNEPADを支援をしていくことが確認されました。
 この会議にはAfDBも参加しており、アフリカ支援の枠組みの中で、特にNEPADにおけるインフラ支援に重要な役割を果たすことが求められています。

チュニジアの農業プロジェクト
チュニジアの農業プロジェクト
コートジボワールの医療プロジェクト
コートジボワールの医療プロジェクト
 
1964  AfDB設立
設立当初は、アフリカ人自身により地域の経済開発を担おうという趣旨から、加盟資格をアフリカ域内国に限定していました。
1966  AfDB業務開始
1972  AfDF設立協定の調印(日本は原参加国)
1973  AfDF設立
原参加メンバーはAfDB及び域外国13か国
1973  AfDF業務開始
1983  日本、他の域外国とともにAfDBに加盟

 

日本人スタッフの声
   多様な専門家に囲まれて
ザテ・レイモン・ズクポ
(信用リスク課課長代理・日本留学生)

ザテ・レイモン・ズクポ信用リスク課課長代理・日本留学生 私の母国、コートジボワールは、西アフリカにあり、かつてのフランス植民地です。1978年6月、アビジャン大学の経済学部を卒業後、私は日本政府(文部省)の奨学生に選ばれました。
 1978年10月に来日し、大阪の大学で短期の日本語学習をしたのち、1979年4月、筑波大学に入学しました。1981年、経営・政策科学研究科で修士号、1985年には社会経済システムの博士号を取得しました。
 筑波大学での留学後、1986年、私は、アフリカ開発銀行に入行しました。以降、私はアフリカ開発銀行で一貫して働いてきており、現在、信用リスク課の課長代理の職に就いております。私の仕事は、あらゆる信用リスク(ソブリンリスク及び非ソブリン/商業リスク)の評価及び健全経営に必要な開発政策・戦略の検討であり、コンプライアンスのモニタリングも含みます。
 信用リスク評価・管理に通じた高度な技能を有するチームと共に仕事が出来、多様な文化に触れる機会を得られることは、仕事面でも社会面でも私にとって名誉なことであります。私たちは、若く行動的で有能な日本人が入行し、私たちのチームに加わることで、アフリカ開発銀行グループ全体の専門的知識が深まり、文化交流が豊かなものになるものと信じています。


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