
180か国が加盟する“ワールド・バンク”。日本は世界第2位の出資・拠出国。
世界銀行は、その名が示す通り、世界中のあらゆる地域の国々が加盟し、これらの地域の発展途上国に対し幅広い援助を行っており、まさに“世界の銀行”であるといえます。世界銀行は、途上国の異なる発展段階や多様な資金需要に応じるため、次の機関によりグループを構成しています。
●国際復興開発銀行(IBRD)
途上国一般に対して、準商業ベースの融資を行う。その資金は、主に世界の主要市場において調達されている。
●国際開発協会(IDA)
特に貧しい途上国に対して、長期・無利子(手数料のみ)の融資を行う。その活動は、主に加盟国からの出資により支えられている。
●国際金融公社(IFC)
途上国の民間企業に対して、融資・出資を行う。その資金は、主に世界の主要市場において調達されている。
●多数国間投資保証機関(MIGA)
途上国向けの民間直接投資を促進するため、投資に対する保証や投資促進のための助言を行っている。

世界銀行グループの本部はワシントンにあり、理事会で選ばれた総裁の下で、全世界からの総勢7,300名の職員が働いています。総裁はIBRD、IDAの事務局の長として、日常業務の管理・運営にあたります。世銀の具体的な融資案件は、加盟国を代表する24名の理事からなる理事会が承認し、事務局によって実施に移されます。
| 1945 |
ブレトン・ウッズ体制の一環として、IMFと共に設立。 |
| 当初の目的は、第二次大戦で荒廃した欧州の復興が中心 |
| 1952 |
日本の加盟:加盟当時の出資比率は2.77%(第9位)。 |
| 1956 |
IFC設立 |
| 1960 |
IDA設立 |
| このころから、貧しい途上国に対する開発援助が業務の中心に。 |
| 1964 |
IMF・世銀総会を東京で開催 |
| 1971 |
世銀東京事務所開設 |
| 1974 |
IMF・世銀合同開発委員会設立 |
| 1978 |
「世界開発報告」創刊 |
| 1980 |
中国の加盟 |
| 1984 |
日本のIBRDへの出資比率が加盟国中第2位(5.19%)となる。 |
| 1988 |
MIGA設立。寺沢芳男氏が初代長官に就任。 |
| 1989 |
累積債務問題に関し、ブレディー構想を支援。 |
| 1991 |
地球環境ファシリティー(GEF)パイロットプログラム開始 |
| 1992 |
ロシア等旧ソ連邦諸国の加盟 |
| 1994 |
パレスチナ復興支援のための信託基金設立 |
| 1997 |
東アジア通貨危機発生 |
新幹線、黒四ダム建設費用の借入にはじまり、今日では日本は資金面、人材育成など多方面で貢献しています。
現在我が国は世界銀行グループ各機関において第2位の出資・拠出国であり、積極的な資金貢献を行っていますが、かつては世界銀行からの借入国でした。我が国の世界銀行からの借入は、1953年の関西電力多奈川火力発電所建設用借款が第1号であり、その後黒四ダム、東海道新幹線等を含め、1966年の東名高速道路(東京〜静岡区間)建設用借款まで、合計31件・8億6,300万ドルに上り、戦後日本経済発展の基礎となった重要な産業・インフラストクラチャーの整備に大きく貢献しました。また、世界銀行による貸付は、資金的な側面だけでなく、ソフト面でも我が国の発展に大きな貢献を果たしています。例えば、高速道路建設に対する貸付の中で、クロソイド・カーブ(滑らかな走行を可能とするカーブ)の技術を我が国で最初に導入し、我が国の土木技術の発展に重要な足跡を残しました。これらの借款の返済は、1990年7月に終了したところです。
世銀の借入国から卒業した後も、我が国は世銀に様々な方面で協力しています。我が国は、世銀グループの4機関(IBRD、IDA、IFC、MIGA)の第二位の出資国である他、世銀に設置された信託基金である「開発政策人材育成(PHRD)基金」に対して任意に資金を拠出しています。PHRD基金は、IBRD、IDA融資案件の形成・準備を中心として、世界銀行の活動の質的向上に非常に重要な役割を果たしています。
また、我が国は、世銀とともに、開発問題全般のあり方に関する広範な議論が展開されることの重要性を指摘してきていますが、99年3月に世銀主催により東京で開催されたシンポジウム「新たな国際金融システムと開発戦略の構築に向けて」を後援しました。このシンポジウムには、98年のノーベル経済学賞を受賞したセン教授(ケンブリッジ大学)など、多くの著名な学識経験者や各国政府関係者が参加し、新たな開発のあり方について活発な議論が行われました。
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[続きがあります]