第18回EBRD年次総会 日本国総務演説(平成21年5月16日 於:英国・ロンドン)
| 第18回欧州復興開発銀行年次総会総務演説(仮訳) |
| (平成21年(2009年)5月16日(土)於:イギリス ロンドン) |
1 はじめに |
議長、総裁、各国総務ならびにご列席の皆様、 |
欧州復興開発銀行(EBRD)の第18回年次総会の開催にあたり、日本政府を代表して所信を申し述べる機会を与えられたことを光栄に思います。まず、この総会の主催国である英国政府およびロンドン市の皆様の暖かい歓迎に対して、心から感謝申し上げます。 |
今回の総会は昨年7月に就任されたミロー総裁の最初の総会です。ベルリンの壁が崩壊してから20年、旧ソ連・中東欧地域の経済は目覚しい変貌を遂げてきました。ただし、今回の金融危機は、この地域のこれまでの発展のあり方、ひいてはそれを支えたEBRDの業務のあり方に対して多くの根源的な課題をつきつけています。この地域が再生し、更なる経済発展を実現するためには、EBRDは業務のあり方を根本的に見直す必要があります。ミロー総裁は、この転換点にあって、第四次資本財源レビューに関する議論の早期開始を進めるなど、今後のEBRDの進む方向性・戦略の策定に向け、リーダーシップを発揮しておられます。今回の総会も、円卓会議方式の導入など、EBRDをより効果的な機関にしようとするミロー総裁の強い意志が感じられます。新たにトルコも活動領域に加えたEBRDが、ミロー総裁の下、今回の危機への反省を踏まえ、新たに生まれ変わることを期待します。 |
2 経済危機の現状と対応 |
(金融危機及び我が国の対応) |
世界経済は、今や、大恐慌以来の非常に深刻な危機に直面しています。米国のサブプライム問題に端を発した今般の金融危機は、グローバル化した金融市場を通して世界中に信用収縮をもたらし、さらに、貿易の停滞、消費の冷え込み、雇用の減少をもたらすなど、各国の実体経済にも波及し、急速に世界経済に暗い影を落としています。 |
| このような実体経済の悪化の世界的な広がりに対応するためには、世界の総需要を下支えするため、主要先進国における財政金融措置が重要です。我が国においては、現下の金融危機への対応として、これまでに種々の国内経済対策を実施してきました。昨年10月以来、約12兆円(約1,200億ドル)の財政措置を含む75兆円(約7,500億ドル)の経済対策を実施していることに加え、新たに「経済危機対策」として、名目GDP比で3%相当の約15兆円(1,500億ドル)の財政措置を含む約57兆円(約5,700億ドル)の経済対策を行うこととしています。 |
| また、世界的に、経済成長を牽引してきた途上国や新興市場国に対する民間資金の流入が、2007年の約1兆ドルをピークに激減し、2009 年にはマイナスになるとの見方もあります。このような民間資本の急激な逆流による影響を緩和するための支援を行っていく必要があります。我が国は、昨年以降、様々な途上国への危機対応支援策を打ち出してきました。昨年11月には、途上国の金融システムに対する信頼を高めるため、他国に先行して国際通貨基金(IMF)に対する最大1,000億ドル相当の融資を表明しました。また、途上国銀行の資本増強支援のためにIFC と協力し、JBIC から20 億ドルを拠出することとし、さらに、貿易金融支援を今後2年間で220億ドル追加することを表明しました。 |
| (中東欧経済への影響及びEBRDの対応) |
| EBRDやその受益国にとっても、今回の金融危機は、「開放された市場指向型経済への移行並びに民間及び企業家の自発的活動を促進する」ことを目的にEBRDが1991年に設立されて以来、最も深刻かつ大規模な危機です。これは、中東欧諸国が選択し、EBRDが支援してきた経済発展モデルが抱えていたリスクが顕在化したためであります。 * まず、中東欧諸国を中心とするEBRD受益国の多くは、多額の経常収支赤字を計上しながら、その多くを短期の対外銀行借り入れでファイナンスしていました。これは、急激な資本引き揚げや、それに伴う通貨下落のリスクに対して非常に脆弱な経済構造であります。 * また、銀行セクターは、海外から取り入れた外貨資金をそのまま外貨で事業法人や個人に多額の貸付を行っていたため、通貨下落により債務の実質負担が増大する結果となりました。 * さらに、欧州の経済や銀行グループと密接な関係を有していたため、欧州の実体経済悪化の影響を強く受けることとなりました。金融危機が実体経済に波及し、欧州経済が減速するに伴い、総需要の縮小、貿易の減少を通じ、中東欧経済の減速も更に進むこととなりました。EBRD自身、08年11月に東欧全体の成長率を2.5%と予想していたものを、今年1月には0.1%に、更に直近ではマイナス5.2%に下方修正してきているように、経済の減速は急速に浸透してきています。 |
| このような経済構造は、中東欧諸国が急速な経済成長を目指す中で、世界的な金融緩和を背景に市場のリスク感覚が麻痺していたときにはリスクが顕在化することはなかったものの、いったん巻き戻しが始まると、その脆弱さを一挙に露呈することになりました。今回の危機で、この成長モデルは見直しを迫られることは必定ですが、このようなモデルを支えてきたEBRDの戦略もまた改めなければなりません。EBRDは、これまで各国の市場経済への移行を支援するため、銀行セクターの民営化等様々な支援を重ねてきました。それにより、確かに市場経済は根付きましたが、それは決して健全なものでも持続可能なものでもなかったのです。つまり、せっかく金融市場を整備しても、それがその国の対外収支を維持不可能なレベルまで悪化させるものであっては何の意味もありません。同様に、銀行の民営化を達成しても、それが不健全な外貨貸付の増大を通じて経済に無用なリスクを負わせるようでは困ります。つまり、市場をつくる、あるいはそのプレイヤーたる民間企業を育成するだけでは長期的に安定的な経済発展は得られず、その市場が健全に機能しているか、民間企業がその国の経済発展にとって望ましい業務活動を行っているか、にまでEBRD自身が踏み込んで関与していかないことには、真の意味でのtransition impactは達成できないということです。 |
| 3 EBRDの役割 |
| 【トランジション・インパクト】 |
| EBRDは、唯一の「移行銀行」であり、通常の開発金融機関の主な業務が中長期の開発資金の供給であるのとは異なり、市場経済が円滑に機能するための支援を行う機関です。今回の危機を踏まえ、これまでEBRDが支援した「移行」が果たして適切なものだったのかについての率直な反省及び検証が必要です。その上で、この「移行銀行」としての業務のあり方を根本から見直していく必要があります。 |
| 例えば、自前の銀行システム・資本市場を育成せず、欧州の金融システムに一挙に融合していく成長モデルは、その見返りも大きかったとはいえ、脆弱性も露呈することとなりました。危機後の持続的な成長のためには、自国通貨による国内資本市場の育成等にも並行して取り組み、より深みのある安定的な金融システムを構築することを支援していくことが必要です。そのためには、金融セクターへの支援を行う際にも、IMF等とも協力し、まずはその国にとって望ましい安定的な金融システムのあり方を見定めることが重要です。その上で、その実現に向けて受益国政府との政策対話を活発に行うとともに、その能力強化にも注力し、適切な金融市場及びその監督体制を整備する必要があります。また、EBRDが支援している銀行については現地通貨でのビジネスの拡大を促すなど、その国の金融システムの健全な発展というより大きな課題を視野に入れた支援を心がけていくべきです。このように、公共政策的観点を視野に入れつつ、より広く、より深くtransition mandateをとらえてはじめて「移行銀行」としての役割を果たすことになるのだと考えます。 |
| また、産業の多様化・競争力強化のための広範で強靱な中小企業セクターの育成といった、危機への耐性を備えた経済構造への「移行」という観点も重要になってきます。さらに、ETC諸国のように危機前から移行が初期段階にあった国への支援にも、引き続き注力していくべきです。EBRDは、これまで移行経済への課題の多い初期段階移行国(Early Transition Countries)への対応としてETCイニシアティブを実施し、目覚しい成果を収めてきました。経済危機は、こうした成果を無に帰すおそれがあり、これを防ぐことができるのは、移行銀行として実績のあるEBRDだけです。ETC国に対する重点的な支援が、これまで以上に適切に実施されることを求めます。 |
| 【民間資本フロー収縮への対応】 |
| 民間金融機関だけでは対応できない場合に参入するとの「付加性」の原則は、効果的な危機対応を行う上でも重要です。EBRDには、民間資金が回帰する環境を整備し、これを側面支援する重要な役割があります。金融危機による民間資金引揚げの影響を緩和するに当たり、EBRDは、市場経済の基部をなす企業を顧客に持っている特質を活かし、マクロ的な資金支援では不可能な企業レベルの支援を行うことが期待されています。 |
| 例えば、EBRDの貿易金融の支援は、民間銀行システムでは資金が行き渡らない部分へ資金供給してきたことで高い評価を得てきました。我が国としても貿易金融への追加支援を行うこととしており、現在、民間銀行システムが危機の影響で資金供給余力を急激に失っていく中で、これを代替する形でEBRDの貿易金融が増加してきていることを歓迎します。 |
| EBRDがこのような危機対応に万全を期すべく、本年の年間業務量を当初予定の2割増の70億ユーロとすることを支持します。他方で、民間セクターの活動を側面支援するEBRDの役割に照らし、EBRDの成功は、業務量の多寡で測るべきでないことに留意すべきです。EBRDは、これまで蓄積してきたノウハウの移転、高いスタンダード、官民連携の促進等、独自の高い付加価値を付与することができ、これに注力すべきでしょう。 |
| 特に、このようなEBRDの高付加価値の中で、環境への高い配慮は、危機対応時においても、非常に重要な分野です。EBRDは、持続可能なエネルギー・イニシアティブ(Sustainable Energy Initiative)により、2006年〜2008年の間に27億ユーロの関連投融資を行い、2億ユーロの技術協力等資金を動員して大きな成果をあげてきています。我が国は、SEIに対し3百万ユーロを拠出したところであり、今般、同イニシアティブの期限が延長され、第2期に移行することを歓迎します。 |
| 【資本の有効活用】 |
| 以上のような危機対応を含む業務を行っていくには十分な資金基盤を有していることが必要ですが、幸い、EBRDは、当面の業務に支障が無い十分な資金基盤を有しています。まずは、この資金を最大限に有効活用していくことが重要でしょう。この観点から、ギヤリングレシオの解釈を見直し、資本がより効率的に利用されるようになったことを歓迎します。また、今後とも、中長期的に持続可能性のある、健全な財務構造を維持していくことが重要です。EBRDは、厳しい世界経済情勢を反映し、2008年に純損を計上しましたが、この経験を建設的に自己批判し、今後のより適切なリスク管理につなげていくことを期待します。 |
| 【他機関との協調】 |
| EBRDは、上述の通り引き揚げられた民間資金の回帰を側面支援する役割が期待されていますが、これと併せて、他の機関と協調して多くの資金を動員することも重要です。この観点から、EBRDが、EIB・世銀と共同して、中東欧の経済危機に対応するため、今後2年間で合わせて245億ユーロ(312億ドル)を同地域の銀行や企業に融資するプログラムを導入することを歓迎します。 |
| 4 結語 |
| 議長、総裁、各国総務ならびにご列席の皆様、 |
| 今般の金融危機において、中東欧地域の回復が、欧州経済、ひいては世界経済の回復につながっていくことは間違いないでしょう。 |
| その中で、EBRDは、この地域が今回のような躓きを経験することなく市場経済への移行を達成するにはどのように関与していけばよいのか、自らの活動を振り返るまたとない機会を得ています。今こそ、中東欧各国との真摯な対話を通じて新たな発展モデルを模索し、その実現に向けてEBRDの果たすべき役割を再定義されることを期待します。そのような努力を通じてのみ、この地域の力強い再生への途が拓けるのだと確信しております。 |
| ご清聴ありがとうございました。 |
