第55回IMF・世銀年次総会 速水日銀総裁総務代理演説(平成12年9月26日 於:チェコ・プラハ)
| 第55回(平成12年)IMF・世銀年次総会における総務演説
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| I.序
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| 議長及び総務各位。 本日、日本国総務としてIMF・世銀総会において所信を述べる機会を得ましたことは、大きな喜びです。 まず、所信に先立ちまして、IMF専務理事の重責を担い初めての総会を迎えられましたケーラー専務理事に対しまして、心から歓迎の意を表したいと思います。我が国は、IMF改革へのケーラー専務理事の積極的取り組みを全面的に支持し、同専務理事が、引き続き、加盟国と密接に協力しながら、IMF改革をはじめとする重要課題にリーダーシップを発揮されることを希望します。
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| II.世界経済
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| 議長。世界経済は力強い成長を続けており、新たな繁栄の世紀を迎えつつあることは、我が国の大きな喜びです。米国の力強い成長が世界経済の成長を引っ張り、欧州の景気拡大、日本の景気後退からの脱却がこれを支援しており、IMFは2000年の世界経済の成長率見通しを本年春時点での4.2%から0.5%上方修正して、4.7%というこの10年で最高の見通しを示しています。特に、情報技術関連など生産性の向上を通じて新たな成長を牽引し、経済発展の起爆剤となることを期待される分野が現れてきていることは特筆すべき好ましい動きです。 一方、最近の原油市場における価格の急激な変動は、世界経済の成長に対して悪影響を及ぼす懸念があり、世界経済の持続的成長のためには、原油市場の安定が必要と考えます。世界的な需要増に鑑み、産油国と消費国の相互の利益となる長期的な価格の安定を推進するため、供給面での適切な増加その他の必要な措置を求めます。 現在の良好な世界経済の状況を維持しつつ、急激な調整を回避するため、引き続き各国における適切なマクロ経済政策の運営と、各国それぞれに新規分野の発展をもたらすような構造改革の進展を促す政策努力が肝要です。 我が国経済は、各種の政策効果の影響を受け、企業部門を中心に緩やかな回復が続いています。経済が自律的回復軌道にしっかりと乗るためには、個人消費が鍵であり、公需から民需への円滑なバトンタッチが図られるよう、適切なマクロ政策運営を継続していく考えです。財政政策については、経済対策の策定が総理大臣から指示されたところであり、これを受けて補正予算を編成し、現在開会中の国会に提出する予定です。また、金融政策については、引き続いて緩和的な運営を行っていきたいと考えています。 アジア経済は、通貨・金融危機により、98年には多くの国で経済成長率が大幅なマイナスになるなどの深刻な打撃を受けましたが、99年にはほぼ全ての国でプラス成長を達成するなど、そのスピードにややばらつきはあるものの、顕著な回復を示しています。 振りかえると、ブレトン・ウッズ体制の成立は現在から55年遡る頃となります。この間のアジア経済の急速な発展・経済的成功は、世界経済に占める地域間の比重の劇的な変化をもたらしました。例えば、IMFの統計で、世界全体のGDPに占めるアジア経済の比率を見ると、1950年代前半には1割程度であったものが、現在は四分の一程度を占めるに至っています。
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| III.国際金融危機の予防・危機への対応策の強化のために (アーキテクチャーの強化)
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| 途上国や新興市場国が資金調達をする上で民間資本市場の重要性が増すなど、国際金融の環境は変化しており、国際金融機関の役割と機能を引き続き見直していくことが重要です。このような変化に対応するためには、IMFの機能として、一時的な流動性不足に起因する危機の場合における国際的な「最後の貸し手」的な機能を維持・強化する必要があります。一方、通貨危機には至らないまでも国際収支困難に陥った加盟国に対して、その構造改革への努力を支援するというIMFの伝統的な相互扶助的な機能も引き続き重要であることにも留意すべきです。 このようなIMFの機能を十全に果たすため、国際金融アーキテクチャー強化のための努力が近時大きく進展しています。ケーラー新専務理事のリーダーシップの下、IMF改革をはじめとする重要な課題が精力的に議論されています。また、今春、暫定委員会が改組されて、恒久的な国際通貨金融委員会が発足しています。我が国もG7の議長国として九州・沖縄サミットにおいて国際金融アーキテクチャーの強化に関する蔵相報告書をとりまとめ、国際社会をあげた改革努力に貢献してきています。このような動きを積極的に評価するとともに、これを一層推進する必要があることを強調しておきたいと思います。 まず、危機の予防のため、IMFのサーベイランスの強化が重要であり、その焦点をマクロ経済政策、資本移動、マクロ経済安定に関連する構造問題及び為替相場制度といった4つのコア分野に絞っていくべきと考えます。次に、国際的に合意された行動規範及び基準の実施を促進するために、幅広い分野の基準アセスメントの調整において、他の国際機関等と連携を図り、IMFが主導的な役割を果たしていくことが重要です。更に、融資制度の合理化・簡素化はIMFの機能改善のための重要な課題であり、使用されていないファシリティの廃止に加え、CCL(Contingent Credit Line:予防的クレジットライン)を使いやすくするなどの、ファシリティ見直しの最近の進展を歓迎します。また、危機の予防と解決におけるPSI(Private Sector Involvement:民間関与)についても議論が続けられていますが、将来の危機において現実に役立つ柔軟性を備えた枠組みが合意されることを期待したいと思います。加えて、近年、IMFの透明性の強化に向け、事務局ペーパーなどの公表が進んでいますが、これを評価するとともに、IMFのアカウンタビリティを強化するこのような取組みを一層推進していくべきだと思います。
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| (IMFの技術援助への支援)
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| 経済危機の発生を予防し、国際通貨・金融システムの安定を図るためには、開発途上国が健全なマクロ政策や金融監督政策等を遂行する枠組みを強化する必要があります。このためには、開発途上国が、これらを自ら主体性を持って、遂行することが重要であり、その前提として、開発途上国にそれを可能とするような政策立案・執行の体制が整備されていることが必要と考えます。我が国としては、このような見地から、IMFが開発途上国に対して行う技術援助を従来にも増して一層積極的に支援したいと考えています。
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| (クォータ・理事数の見直し) | |
| IMFの透明性の強化やそのガバナンス・説明責任の向上について考えるに当たっては、国際経済の実情を反映したクォータ配分や投票権、理事会における代表のあり方の見直しが、どうしても避けて通ることのできない重大課題として注目されます。アジア諸国をはじめとする新興市場諸国が世界経済の中でその重要性を増してきているにもかかわらず、これら諸国のクォータシェア、投票権、理事数は非常に限られたままとなっており、これを早急に是正する必要があります。 この点に関連して、IMFにおいて、クォータ計算式を世界経済の変化をより良く反映させるように見直す動きが進展していることを歓迎します。しかし、これだけでは十分ではありません。これまで、一般増資の機会において、クォータ計算式に則り配分される比率が小さく、過去の既得権である現存シェアに基づいて配分される比率が大きいという慣行がありましたが、この慣行がクォータに世界経済の実態を反映させるための調整のスピードを著しく緩慢にしてきたことを反省しなければなりません。 また、IMFにおける投票権についても、1国250票という基礎票数は1945年発効の原協定以降改定されておらず、累次の増資の結果、基礎票部分の比率はクォータ比例部分に比して著しく低くなっています。この現状に鑑み、基礎票を引上げて、クォータの小さい国の投票権を増強することも検討に値するものと考えています。 さらに、IMF理事会において、一部の地域が過度に代表されている現状も見直す必要があるのではないでしょうか。地域的なバランスに配慮し、より経済の実態を反映させた代表のあり方に近づけるように、選任理事の配分を再考すべき時期にきているものと考えます このように、クォータ配分や投票権、理事会における代表のあり方を世界経済における重要性の変化を反映して見直すことが、IMFの活動や意思決定過程の透明性を増し、加盟国間の協力関係を強化するなど、IMFの有効性やガバナンスを一層高めていくための急務となっていることを強調しておきたいと思います。 (地域協力) 通貨危機の発生を予防し、国際通貨・金融システムの安定を図るためには、このようなIMF改革の推進というグローバルな取組みと並行して、地域における協力を強化することも重要であります。世界経済における重要性を増し相互依存関係が一層高まっている東アジア地域において、国際貿易・投資を通じた共通の利益や地域内での危機伝播リスクに対する共通の懸念に鑑み、IMFの機能を補完・強化するために、地域協力を積極的に推進していく必要があります。 この東アジアにおける地域協力の必要性に鑑み、既存の国際的なファシリティを補完する域内の金融上のアレンジメントを確立するため、「チェンマイ・イニシアティブ」を通じてASEANスワップアレンジメントを拡大するとともに、ASEAN、中国、日本、韓国(ASEAN+3)の間での二国間のスワップ及びレポ取極めのネットワークを構築することによる、通貨当局間の協力枠組みの強化に合意しました。これは、地域の通貨・金融市場の安定にとって極めて意義深いものと考えています。 現在、この合意に基づいて、二国間の金融協力取極めの締結に必要な基本的事項につき、関係国間での具体的検討が行われているところであります。今後できる限り早期に二国間取極めが締結できるよう、我が国としても、積極的に努力していくよう考えています。 さらに、東アジア地域の金融安定を確保するため、ASEAN+3の枠組みを活用して資本フローのモニタリング、域内サーベイランスの拡大に向けて一層緊密に協力していき、また、十分かつタイムリーな他の金融支援メカニズムの研究も推進すべきと考えています。
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| IV. 開発の課題 (貧困問題)
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| 開発の問題に眼を転じてみますと、今世紀、世界は貧困の削減と生活の向上に目覚ましい発展を遂げてきました。世界人口が急激に増加する中で、科学技術の飛躍的な発展と基礎的医療の普及により、食糧生産は増大し乳幼児死亡率は著しく低下しました。その結果、1960年以来世界の平均寿命は20年も長くなっています。また、公平な成長と社会の発展にとって、出身や財産に関わりなく教育を享受できることの重要性が広く認識されるようになり、1980年と比較しても初等教育就学率は13%も改善しています。その結果、現在では全世界で90%の児童が基本的な読み書きの教育を受けられるようになっています。 しかし、このような目覚ましい進歩が見られる一方で、世界人口60億人のうち、12億人もの人々が一日1ドル以下で生活し、28億人もの人々が一日2ドル以下で生活しているという事実があります。予防接種や基礎的医療の普及に対する懸命な努力にも関わらず、現在でも100人の子供のうち6人までが1才の誕生日を迎えずに死亡するという悲劇が繰り返されています。人類は今世紀にかつてない進歩を遂げ、繁栄を謳歌していますが、その背後には未だに深刻な貧困の問題が存在することを我々は忘れることはできません。この貧困問題は、来たるべき世紀に我々が背負っていかなければならない大きな課題の一つといわなければなりません。 我が国としては、この課題の緊急性に鑑み、本年、世界銀行及びアジア開発銀行にそれぞれ100億円を拠出し国際開発金融機関と連携した支援を展開しており、来年も支援を継続したいと考えています。
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| (世界銀行の改革)
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| 世界銀行は、半世紀にわたって高い専門性に基づき開発問題に先駆的に取り組んでまいりました。経済的にも、社会的にも、また環境の面でも、持続可能な成長を目指し、構造問題・制度問題、社会政策、途上国の主体性などに焦点を当てたアプローチを採用し、世界の貧困削減の取組みをリードしてきました。貧困削減という大きな問題に直面する我々にとって、世界銀行は今世紀に人類が生みだした貴重な財産であり、来るべき世紀に向けて、世界銀行がより一層効果的かつ効率的に世界の貧困削減に大きな役割を果たすことが期待されます。 世界銀行がこのような期待に応え、貧困削減に向けた効果を向上させるためには、第一に、借入国の構造改革・制度改革や社会セクターへの取組みを更に強化することが必要です。開発途上国において採られている諸政策とそれを支える構造的・社会的基盤そのものの問題を放置していては、公正で安定した社会を達成することは困難となり、持続可能な開発が実現できないことになります。もちろん、世界銀行や我が国による成長を最優先させた支援戦略がアジアの成長に大きく貢献したように、成長が開発にとって重要であることに異論はないと考えられます。したがって、貧困削減に向けて、引き続き成長の果たす役割を重視しつつ、制度問題・構造問題等に焦点を当てた包括的なアプローチとることが重要です。 第二に、自国の貧困削減に第一義的責任を負う開発途上国自身が、貧困削減のためのプログラムを立案しそれを実施することをコミットしなければ、大きな成果は期待できません。世界銀行は、開発途上国自身の貧困削減のための努力に対し、最善の支援を行うことが期待されます。また、世界銀行に対し、開発途上国自身が貧困削減への取組みの障害となっている要因を特定し効果的に解決していけるよう、幅広い分野における能力構築を支援することを要請します。 第三に、開発途上国における良好なガバナンスを更に重視していくことが重要です。良好なガバナンスは、開発援助の効果を支えるだけでなく、持続的な成長を可能とするための重要な基盤となります。ガバナンスの問題を含め幅広い分野におけるパフォーマンスの良好な国に対する支援を強化することは、世界銀行の活動全体の効果を向上させるものと考えられます。 第四に、世界銀行自身のアカウンタビリティや透明性の向上についても引き続き努力することが求められます。世界銀行の包括的なアプローチにより、関係者の範囲は拡大しており、こうした広範な関係者との協力こそが世界銀行の業務の効果を高めるために必要です。これら関係者との間の対話と協調は世界銀行の活動の質的向上にも確実に貢献すると期待されます。 以上のような取組みに加え、世界銀行は援助の効率性をさらに高めていく必要があります。 まず、開発途上国向けの民間資本フローは益々拡大しており、世界銀行はこれを締め出すことのないように業務の選択性をより強化する必要があります。特に民間部門に対する投融資業務については、更に開発効果に焦点を当てた運営を行う必要があります。 また、世界銀行は、地域開発銀行やその他の援助機関との協力を促進していくことが重要です。その際、世界銀行は他の機関の有する専門性や優位性に留意しなければなりません。例えば、アジア開発銀行は、アジア太平洋地域の実情に精通した効果的・効率的な業務運営を行っており、同地域の発展に大きく貢献しています。
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| (HIPCイニシアティブと貧困削減戦略)
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| 来るべき世紀に向けて、もう一つの重要な課題は拡充されたHIPCイニシアティブ――持続不可能な水準の債務を抱えた重債務貧困国に対する債務救済措置――の迅速かつ効果的な適用の促進です。昨年の総会を含む一連の国際会議において同イニシアティブが支持されて以来、これまでに10カ国が拡充されたフレームワークの下で決定時点に到達しておりますが、できる限り多くの重債務貧困国において速やかに債務救済を貧困削減につなげていくため、迅速かつ効果的に同イニシアティブの適用を進めていく必要があります。世界銀行及びIMFは、本年5月に設立した共同実施委員会を活用し、そのための一層の努力を行うべきであります。我が国は、債権国中最大の二国間債権国として二国間ODA債権を100%削減することに加え、非ODA債権についても100%削減することとしています。さらに、国際開発金融機関の債権削減の努力を支援することを通じて同イニシアティブの迅速な実施を確保するため、HIPCトラストファンドに対し最大2億ドルまでの拠出を行うことを表明し、既に実行に移しています。同イニシアティブの円滑な実施を可能とするためには、HIPCトラストファンドへの拠出を表明している各国も、必要なタイミングで貢献を実行することが極めて重要です。また、重債務貧困国自身も経済改革の推進及び貧困削減戦略の策定に一層積極的に取り組む必要があります。とりわけ紛争が効果的な貧困削減を妨げているという事実にも留意する必要があります。 開発途上国自身の主体性に基づく貧困削減戦略は、貧困削減を実現するための強力な方策です。この策定過程において最大限配慮すべきことは、市民社会や地域コミュニティー、二国間ドナーを含む全ての開発当事者の参加の確保であります。これなくしては、真の意味での主体性の確保が果たされているとはいえないと同時に、国際社会からの支援も十分な形で発揮され得ません。我が国としては、こうした必要性を踏まえ貧困削減戦略の策定における市民社会等の参加プロセスに焦点を当てた支援を行うこととしています。
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| (開発とIT)
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| 現在の世界経済の力強い成長を支え、新たな繁栄の世紀に向けた大きな原動力となっているのが、情報技術革命の進展であります。情報技術は、このような「デジタル・オポテュニティ」を経済の諸分野に提供する反面、国内及び国家間における「デジタル・ディバイド」の問題を発生させることが懸念されています。技術が急速に進歩し、国境を越えて普及していく中で、デジタル・ディバイドの問題については、喫緊の対応が求められています。 こうした問題への対応として、我が国は公的資金による包括的協力策を実施することを九州沖縄サミットに先駆けて発表しました。我が国としては、世界銀行・アジア開発銀行をはじめとする国際開発金融機関においても、デジタル・ディバイド解消に向けた更なる努力を要請したいと思います。国際開発金融機関はその専門性と世界的・地域的な取組みにおける経験から情報技術関連で効果的な取組みが行えることが期待され、我が国としては、こうした取組みを支援することとしたいと考えています。
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| V. 結び | |
| 21世紀を目前に控え、国際社会の叡智は、IMF・世銀の改革を求めています。既存のルールや構成を変革することには必然的に痛みを伴いますが、変動著しい新たな現実に対応するためには、その変革に伴う痛みを避けて通ることはできません。我々は、勇気をもって変革に取り組んで、それによって希望に満ちた21世紀を切り拓いていきたいと考えています。 | |
