第54回世銀・IMF年次総会 速水日銀総裁総務代理演説(平成11年9月28日 於:ワシントンD.C.)
第54回(平成11年)世銀・IMF年次総会における速水日銀総裁総務代理演説
1.序
議長及び総務各位、
本日日本国総務として世銀・IMF総会で所信を述べる機会を得ましたことは、大きな喜びであります。
まず、ウォルフェンソン世銀総裁の再任が決定したことに対し、心から歓迎の意を表したいと思います。総裁は、1995年の就任以来、世銀の組織と戦略の大胆な改革の先頭に立ち、アジア危機をはじめとするさまざまな試練を果敢に乗り越えてこられました。次の任期においても、その卓越した構想力と実行力により、世銀グループが直面するさまざまな困難な開発課題への取り組みにおいて、ますます重要な役割を果たしていくものと確信しております。
2.危機から脱した世界経済
議長。振りかえってみますと、昨年の総会は、昨年8月のロシア危機がブラジルを始めとするラテン・アメリカや危機から回復しつつあったアジアの新興市場国に悪影響を与えつつあり、米国においてはLTCM救済が実施されたばかりで、我が国においても主要な銀行が困難に直面するという、国際金融市場全体に対する不安感が高まる中で開催されました。しかしその後、ブラジルに対するIMFを中心とする支援や、米国における金融緩和、そして我が国における金融セクター強化策などの適切な対応がとられた結果、1年を経た現在、世界経済は安定を取り戻しております。特に、一昨年に危機に見舞われたアジアの新興市場国(韓国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)では、本年既にほとんど全ての国でプラスの成長が見込まれ、来年には更に成長の加速が予想されるなど、経済活動に著しい改善がみられます。
我が国経済についても、実質GDP成長率が約2年ぶりに2四半期連続でプラスとなるなど、景気は最悪の状況を脱し、やや改善していると思われます。これは、昨年夏以来政府が、財政構造改革は必ず実現しなければならない課題であることを認識しつつも、当面は景気回復に全力を尽くした財政運営を行うとともに、金融セクターの問題に対処するため、抜本的なリストラ計画を前提とした公的資本増強を実施するなど、マクロ政策、構造政策の両面で鋭意取り組んできた、その成果が表れつつあるものと考えております。我が国の金融セクターに対する信認も回復し、再編に向けての動きが活発になっています。今後とも経済動向を注視し、引き続き経済の回復基盤を固めるための施策の実施に全力を挙げて取り組んで参る所存であります。
3.グローバルな対応における今後の重要課題
上述のように国際金融市場の状況は一時期に比べると相当改善してきていますが、危機のリスクを完全になくすことは不可能であり、これに対する予防や不幸にして再び危機が発生したときの迅速かつ適切な解決を考えておくことが不可欠です。様々な角度から検討を行ってきた結果、アジア危機から2年を経て多くの問題にコンセンサスが生まれ、今やIMFの理事会などで改革案の具体化を図り、また、これらを実施していく段階にあります。国際通貨システムの強化は、何か1つの大きな改革が万能薬になるというものではありません。通貨危機のリスクにさらされている新興市場諸国、これらの国へ投資を行っている民間投資家やそのプルーデンシャル規制に責任を有する先進諸国、更にはIMFなどの国際金融機関がそれぞれ改革に努力していく必要があります。以下、このような改革のいくつかの点について我が国の考え方を述べることとしたいと思います。
(1) 新興市場国の課題〜資本受入側の対応
国境を越えた大規模な資本移動は新興市場国により高い成長の機会をもたらすとともに、潜在的なリスクも包含しています。このリスクを最小限にするためには、まずは各国が健全なマクロ経済政策や構造政策を追求することが不可欠です。これに加えて、アジアの危機から浮かび上がってきたことは、適切なプルーデンシャル規制や監督システムの強化など各国の金融システムを強化することの必要性です。この関連で忘れてはならないのは、資本自由化を進める場合には、むしろそれまでにも増して、金融セクターを含めた民間セクターの債務等の状況をモニターすることが重要であるということです。更に、国全体のデット・マネジメントや流動性マネジメントの機能を高めていく必要があります。この点については現在IMFや世銀などで検討が行われているところですが、その成果に期待しています。
また、新興市場国がどのような為替レジームを選択すべきかという問題についても、不適切な形で1つの通貨に対し、実質的な固定相場を維持しようとしたことが多くの危機の原因となったことに鑑みれば、IMFがそのプログラムやサーベイランスにおいて、これまでの多くの経験の蓄積をもとに適切なアドバイスを行っていくことが必要です。
資本移動の自由化や資本規制の問題も引き続き重要な検討課題です。最近のIMFでの議論においては、資本流入規制が、為替レートの弾力化などの他の措置と適切な組み合わせで行われた場合には、投機的な短期資本の流入を抑制する効果があるとの議論がより多くの支持を集めるようになっています。資本流出規制についても、最近のマレーシアの例は、投機的なアタックからの防衛、為替レートの安定に役立ったと言えるのではないでしょうか。資本規制については、場合により適切なマクロ政策や金融セクターの強化、中でもプルーデンシャル規制の整備を補完する役割を果たしうる可能性を含め、今後とも現実的な観点からの検討が進むことを期待しています。
(2) 民間投資家及び先進諸国の課題〜資本供給側の対応
国際通貨システムの安定のためには、投資する側においても適切なリスク管理を行うなどの改善が求められます。特に重要な課題となっているのが、現在金融安定化フォーラムで検討が進められているヘッジファンド等の高レバレッジ機関(HLIs)の問題です。これまでの国際的な議論では、HLIs自体を含めて市場参加者のディスクロージャーを拡大していくこと、取引相手におけるリスク管理の徹底を図っていくことにコンセンサスがあり、これらの方策の具体化を進捗させていくことがまずは重要です。しかし同時に、新興市場国が自己防衛のために、
市場操作などの可能性がある場合には、HLIs自体に対して市場のインテグリティー維持の観点から報告を求めるなどの措置をとること、
特別な場合に、最近の香港やマレーシアの例に見られるように、為替相場への介入や金利の調整という伝統的な対応とは異なる、いわゆる「ノンスタンダードな政策介入(“non standard policy intervention”)」で対応すること、などについても今後更に検討していく必要があると思います。
投資側にかかる問題として、さらに重要なことは、危機の予防や解決にあたり民間セクターの関与を強化していくことであります。公的資金で民間投資家の救済(bail out)を続けることは困難であり、モラルハザードの問題もあることから、債券保有者を含めた民間債権者全てに対して適切な協力を求めていくことが不可欠であることには国際的なコンセンサスがあります。しかし、これを実際に適用していくにあたっては多くの難しい問題に直面しているのも事実です。民間関与を更に進捗させていくために心するべきことは、公的債権者と民間債権者の間の適切なバードンシェアリングと協力を図ることであることを明確にするとの観点から、当該国の状況や民間関与の進め方について民間セクターとの対話を促進し、個別国のケースについても協調的に取り組む枠組みを整備しておくことであります。IMFを中心として更に具体的な検討が深められ、国際社会が全体として民間関与の実を挙げるよう協力していくことが重要です。
(3) IMF改革
IMFは、今後とも国際金融システムの中心的機関として、加盟国に適切な政策アドバイスを行っていく機能と危機に陥った国に対し適切な条件の下に資金支援を行う機能を強化していくべきです。この度IMFの暫定委員会は「国際通貨金融委員会」と改称され恒久的な委員会とされることになりましたが、この委員会がIMFの機能を高め、国際社会として国際金融上の諸問題に取り組んでいく上で大きな役割を果たしていくことを求めたいと思います。また、この関連で、G7諸国によって本年末に第1回の会合の開催が提案されている、新興市場国を含めた新しいフォーラムについても、このフォーラムが国際通貨システムの強化に建設的な貢献をすることを期待しております。
最後に、IMFの手続き面の改善について若干触れたいと思います。最近IMFの事務局ペーパーなどの公表が進み透明性が向上している点は歓迎すべきことです。また、外部評価も本年はサーベイランスと調査活動について実施され有益な提言が多くなされております。この外部評価の中でも指摘されているように、IMFのサーベイランスやプログラムの力点を財政・金融政策、為替レート制度、金融セクター、資本移動というコア分野及びそれらに直接関連する問題に絞っていくべきであるという点を繰り返しておきたいと思います。
4.リージョナルな対応〜マニラ・フレームワークと新宮澤構想
現在の国際金融危機は、今日の国際金融システムの特性に起因するグローバルな問題である一方で、各地域内で危機が伝播しやすく、密接な関係を有する域内諸国の協力が有効である点でリージョナルな問題でもあります。したがって、グローバルな対応をリージョナルに補完していくことには大きな意味があると思います。例えば、アジアにおいて、危機発生直後に我が国がホストしたタイ支援国会合は、グローバルなIMFの対応を、域内の諸国が迅速かつ大規模に補完したものでありました。このようなタイの通貨危機の経験を踏まえて生まれたマニラ・フレームワークは、IMFをサーベイランスと資金供与の両面の機能において補完する域内諸国の協力の枠組みとして有効に機能していると思います。
これに加え、我が国は独自の対応として、昨年10月新宮沢構想により危機に見舞われたアジアの国々に対する総額300億ドルの資金援助を含む支援パッケージを打ち出しました。新宮沢構想を始めとする公的資金支援により、アジア各国の緊急の資金ニーズは満たされ、経済は底を打ちつつあります。アジア各国の実体経済の本格的かつ力強い回復を確実なものとするためには、域内外の民間資金を活用することが不可欠であると考えます。そこで、我が国は、99年5月15日のAPEC蔵相会議の際に、 「アジアの民間資金活用構想(新宮澤構想の第2ステージ)」を表明しました。具体案としては、本年10月に国際協力銀行が発足するのと合わせ、アジア各国が発行する公債に対する保証を可能とするよう所要の法改正を行いました。また、我が国の約30億ドルの資金拠出によりADBには市場からの資金調達に対する保証、利子補給を行う「アジア通貨危機支援資金」が創設されております。併せて、最近我が国は、アジア域内の債券市場の整備・育成に取り組むことについて各国に呼びかけ、検討を開始しました。さらに、金融システムの強化に向けた技術・人材支援についても、今後積極的に進めて参ります。我が国としては、今後とも、関係各国や国際機関とも密接に連携しながら、本構想を実施していく所存であります。
5.開発の課題
(1) 危機への世銀の対応
開発の分野においても、過去2年間は、新興市場国の危機への対応が中心的課題となってきました。世銀をはじめとする開発金融機関は、危機の展開に応じてさまざまな支援を行いましたが、それは開発金融機関としての伝統的な役割にとどまるものではありませんでした。危機発生直後には、市場からの資金調達機能を活用してIMFとともに迅速な資金供給を行い、長年の開発の果実が一気に失われることを食い止めました。その後の実体経済の過度の落ち込みに対する、我が国の新宮澤構想による二国間援助も、世界銀行・アジア開発銀行のプログラムとの密接な連携の下に実施されています。
こうした世界銀行の危機対応の迅速性・有効性は、あらためて評価されるべきであると思います。世銀の持つ組織運営の機動性、そして健全な財務基盤がこのような対応を可能にしたものであり、我々は世銀の危機対応能力(risk bearing capacity)を回復・維持するため努力を惜しむべきではないと思います。
なお、最近生じた危機への対応の例として、トルコの大震災発生後36時間以内に、世銀が融資方針を発表したことを挙げたいと思います。同じく地震の被害に苦しめられてきた我が国として、被災された方々に心からのお見舞いを申し上げるとともに、トルコの復興のため積極的な支援を行う考えであります。同時に、国際社会からの支援の中核として、世銀の迅速かつ大規模な融資が、トルコの復興に貢献することを強く願うものであります。 また、東ティモールにおける混乱と破壊からの復興・開発支援が大きな課題となってきております。世銀が復興に向けての推進役を果たすことを期待するとともに、我が国も復興・開発支援の重要な一翼を担う考えです。
アジア危機からの回復は、経済活動という面では多くの国で目に見えるものとなってきておりますが、ひとたび社会的な次元、特に貧困で脆弱な社会層の受けた打撃に目を転ずると、そこには未だ憂慮すべき状況が多く見られます。成長の果実の配分を最も少なく受け取った人々が、危機からの回復においても、最後に取り残されようとしているのです。さらに、このような事態は、直接危機に直面した国々ばかりでなく、危機の周辺にあって間接的な影響を受けた国々においても見られるところです。
世界銀行が危機により生じた新たな貧困への対応を最優先の課題の一つとして取り組み、保健・衛生・教育・雇用といった分野において、高いガバナンスに支えられた支援を更に拡充して行くことを強く望むものであります。我が国もこの課題の緊急性を考慮し、世界銀行・アジア開発銀行に新たな拠出を行い、開発金融機関と連携した支援を展開したいと考えております。
(2)拡充されたHIPCイニシアティブ
貧困との闘いのもう一つの重要な分野は重債務貧困国支援であります。この分野では「より広く、より深く、より早く」債務救済を実施するためのHIPCイニシアティブ拡充の枠組みが今般合意されたことを歓迎したいと思います。我が国は、拡充されたイニシアティブの下で、債権国中最大規模の二国間ODA債権の削減を行うことになります。今後は、拡充されたイニシアティブが、迅速に実施されることが求められます。
拡充されたHIPCイニシアティブ実施にあたっては、増大する国際機関の負担を賄うための財源が必要になります。我が国は、まず国際機関の自己資金を最大限活用し、その上でフェア・バードンシェアリングの原則に沿って各国が貢献すべきと考えます。昨日までの議論により、拡充されたHIPCイニシアティブの適用を開始し、遡及的に適用する国々及び近い時期に決定時点に到達することが予想される国々に債務救済を実施するためのファイナンシングについて合意が得られたことを歓迎します。合意に向けた世銀・IMF当局の努力に敬意を表したいと思います。
また、HIPCイニシアティブを世銀主導の貧困削減プログラムの一環として明確に位置付け、債務削減と貧困削減のリンクを確保することが重要です。その際、途上国政府のオーナーシップと実施における市民社会の十分な関与を確保し、また、各国の貧困の実態、債務削減により利用可能となる資金規模、実施のキャパシティなどに応じた国ごとの対応が必要なことを十分認識することが必要でありましょう。
(3)新しいアジア経済のビジョン
世界銀行が、1980年代以降のアジア新興市場国の高度成長を分析し、その成長ポテンシャルと政策課題を示したことで高く評価された「東アジアの奇跡」を発表したのは、わずか6年前のことに過ぎません。その後、これらの国々を襲った危機は、経済的な危機であるとともに、我々のアジア経済観への大きなチャレンジでもありました。こうした観点から、アジア諸国の経験した未曾有の経済変動をさまざまな角度から分析し、中長期的な成長の展望と貧困克服への道程を示し、あらためて政策運営の指針を示すことはknowledge bankたる世界銀行の業務として意義深いことではないでしょうか。「東アジア経済の新展望−“東アジアの奇跡”再訪(”Towards New East Asia-Revisiting its ‘Miracle’ ”)」とも言うべき包括的なリサーチに着手することを提案し、我が国として支援する考えであることを申し上げたいと思います。
6.結び
20世紀、特にその前半において、国際社会はいくたびかの戦争の惨禍や深刻な経済的困難に見舞われました。しかし、今改めて20世紀を全体として振り返ってみれば、世界が貧困からの自由を目指し、そして世界のより多くの人々がこれを獲得した世紀であったと言えましょう。IMFや世界銀行がこの世紀の後半において、世界経済の安定と発展に非常に大きな貢献をしたことは言うまでもありません。
議長、21世紀を目前にし、我々はグローバルに統合されつつある国際金融システムが、瞬時に大規模な資本移動の逆転(reversal)によって一国の経済が危機に瀕するリスクという影の側面を持つことを目の当たりにしました。しかし、危機に見舞われた各国を含めた世界の国々がIMFや世界銀行とともに熱心に議論を行い、危機の予防や解決に国際社会として協調して取り組んでいるという事実自体が、新しい世紀への希望を示しているのではないでしょうか。20世紀において多くの困難な問題を乗り越えてきた我々は、国際的な協調を基礎としつつ、叡智を結集することにより、来るべき21世紀においても、残された課題や新たなチャレンジを乗り越えて行けるものと確信しております。
