第53回IMF・世銀年次総会 宮澤大蔵大臣総務演説(平成10年10月6日 於:ワシントンD.C.)
第53回(平成10年)IMF・世銀年次総会における宮澤大蔵大臣総務演説
(谷垣大蔵政務次官代読)
1.序
議長及び総務各位、
本日、日本国総務としてIMF・世銀総会で所信を述べる機会を得ましたことは、大きな喜びであります。
まず、所信に先立ちまして、昨年の総会以降IMF及び世銀に加盟致しましたパラオを歓迎したいと思います。
2.世界経済及び日本経済
議長。
世界経済は大きなリスクと課題に直面しています。昨年大きな苦しみを経験したアジア諸国では、いまだ状況が大きく改善する気配はなく、本年夏以降はロシアにおいて発生した通貨危機を契機に、ラテンアメリカ諸国等、他の為替・金融市場に動揺が生じています。このような昨年来の新興市場経済諸国、移行経済諸国における経済的混乱は、世界経済全体に対して深刻なデフレ・スパイラルのリスクを提示しています。
一方、日本経済も昨年秋以降極めて厳しい状況に陥っています。こうした中、日本政府は、引き続き過去最大規模の経済対策等の着実な実施を図っていくこととしております。ただ、景気の現状は依然極めて厳しく、また、世界経済の現状の中で日本経済を回復させ成長軌道に乗せることが重要であることは十分認識しており、新内閣発足後打ち出してきた様々な施策など、今後とも適切な措置をとって参る所存であります。
なお、為替については、行き過ぎた円安は日本経済のみならず世界経済に対しても悪影響を及ぼす可能性があると考えており、日本は行き過ぎた円安を容認しません。
3.国際金融システムの新生に向けて
(1) IMF・世銀体制への試練
過去1年余りにわたり、我々は国際的な激しい資本移動にさらされた新興市場国のマーケットの安定化という課題に取り組んで参りました。こうした国際的な取り組みの核として、IMFと世銀は重要な役割を果たしてきましたが、世界の各地域において市場の動揺が続く中、戦後の世界経済の一つの柱であったIMF・世銀のあり方も試練にさらされております。
今日我々が直面している世界の現実は、1944年にブレトン・ウッズの山中で我々の先達が想定していた世界と余りにもかけ離れたものであります。固定相場制の下での自由な貿易・為替取引という理念は第二次大戦後の世界経済の復興と発展に大きな成果をもたらしましたが、現在我々が直面しているのは、大規模で急激な国境を越えた資本移動に翻弄される市場という現実であります。公的資金の動員による開発途上国の公共投資の拡大という使命も、民間資金の不安定だが大きな流れと引き続く貧困という現実を前に色褪せたものとなっています。
歴史的なブレトン・ウッズ会議から半世紀余りを経て、我々は世界経済が新たな地平に立っていることを認識し、IMF・世銀のあり方を基本に立ち返って問い直し、国際金融システムを「新生」させるべき時を迎えたと思います。
(2) 大規模かつ急激な資本移動への対応
IMFのあり方を問い直すに当たりまして、まず私は、IMFが主導してきた市場メカニズムを最大限活用する経済運営あるいは発展のあり方自体は、基本的には正しい方向であると考えております。多くの途上国や移行国で、市場システムの基礎となる法律・会計制度や、健全な金融システムの維持あるいは適切なリスク管理のための監督体制などを整備し、市場メカニズムへの適合性を高めて経済の効率化を図っていくことは引き続き重要な課題であります。
しかし一方で、昨年来の新興市場国における通貨・金融市場の混乱が、主に短期資金の急速な流出入によってもたらされたことに鑑みますと、短期的あるいは投機的な資本移動への対応を図っていく必要があります。
94年12月のメキシコ危機以降、大規模の資本移動が瞬時に起こるような現在の市場経済のリスクは強く認識され、IMFとしても市場に合理的な判断を促すようなデータの公開の促進、危機を予防するためのサーベイランスの強化などの対策をとってきました。しかし、いかにデータの公開やサーベイランスの強化が進んでも危機は起こり得ます。今やIMFは、短期的な資本移動には利益よりもリスクやコストが上回ることがあり得るという現実をもっと明確に認識して対応していく必要があります。
第一に、資本の自由化は、最近度々強調されるように、適切な順序立てをもって行う必要があります。短期資本の流入規制を撤廃する前に、直接投資、長期資本の自由化をまずは先行させるべきであります。また、健全で発達した金融セクター、責任ある財政・金融政策、国民経済の厚みといった前提条件も必要であります。
第二に、資本の出し手と受入れ側の双方に関し、資本の国際的な移動のモニター体制を強化する必要があります。特にヘッジファンド等、国際的な大規模機関投資家に対しては、国際的な協調に基づきその投資行動についての情報提供を求めていくことも視野に入れる必要がありましょう。
第三に、資本の受入国では、金融セクターのみならず企業セクターも含め外国からの資本受入れに関する為替リスクや期間のミスマッチに伴うリスクなどを十分認識することが重要であります。そのためのプルーデンシャル規制は政府が必要に応じ実施していかなければなりません。
最後に、過度の短期資本流入や資本逃避に直面している新興市場国などを、そのような急激な資本移動による混乱から守るような何らかの効果的な方策を考えていく必要があります。いわゆる資本規制と言われているものの中には、投資家の信頼を損ねて直接投資など有益な資本流入を阻害することに繋がったり、裁量的あるいは恣意的で国民経済の効率性を損ねたりするおそれがあるものもありますが、このような点には留意しつつ、どのような方策をとっていくべきであるのか、今後IMFにおいても積極的に検討していくことを求めたいと思います。
(3) IMFの経済調整プログラムの再考
IMF体制の根幹をなす経済調整プログラムのあり方につきましても、徹底的なレビューが必要であります。IMFのプログラムは、資金支援をしながら各国が適切なマクロ経済政策や構造改革を行うことを促すという重要な役割を果たして参りましたが、限定的な資本移動と固定相場制を前提として成立したIMFが、自由な資本移動と変動相場制という環境に適合し、より高い意義を有していくためには、いくつかの点で改善が必要であります。
第一に、マクロ経済政策につきましては、今や多くの通貨危機あるいは国際収支の困難が、当初のブレトン・ウッズ体制が予定した経常収支の赤字からではなく、信頼の変化による資本収支の急速な悪化から生じるということを前提にしますと、従来の財政バランスの改善、金融の引締めという処方箋が適切でない場合も少なくありません。財政が黒字の国に対し一層の引締めを求めたり、為替防衛のために高金利政策を採らせるような場合には、むしろそれに伴う経済の低迷が信頼の一層の悪化を招くおそれがあります。
第二に、為替制度につきましては、最近の経験に照らしますと、実質的な固定相場の維持が為替リスクに対する一種の政府保証となり、過剰な短期資金の流入につながってしまった一方で、危機が始まってからあわてて変動相場制度に移行することが為替の暴落を招いた面も否定できません。プログラムにおいてどのような為替政策が適切であるのか検討を続けていく必要があります。
第三に、上述の資本移動の問題に関連し、各国の状況を十分に考慮しないまま急速な資本自由化を求めていくべきではありません。更に、場合によっては急激な資本移動に直面している国を保護するような何らかの方策が必要であることを認識し、それが投資家との信頼を損ねる片務的措置とならないよう、また、国民経済に不必要な負担を及ぼすことにならないよう、当局とともに考え、プログラムに取り込んでいく姿勢が必要であります。
第四に、構造問題への対応につきましては、それらがいずれ必要な改革であるとしましても、例えば銀行改革の場合の預金保険制度など改革を行う条件が整っていない場合におけるタイミングや、社会的な影響などへの配慮にもっと意を用いるべきではないでしょうか。また、市場経済のあり方にも、各国の歴史や文化、あるいは発展段階を反映して多様なものがあり得ることを認識すべきであります。この観点から、IMFプログラムに含めることが不必要であり、また不適切でもあるような構造面でのコンディショナリティを性急に求めたことが、IMFプログラムの信頼性を損ねた面がなかったかどうか反省してみる必要があります。
最後に、今回の特にアジアにおける一連の危機は、債権者側も債務者側も民間セクターが中心であったという特徴を有していますが、IMF等の公的支援が民間セクターの救済に使われてしまうようなことがあってはなりません。そのようなモラル・ハザードの防止という観点からも、プログラムの策定に当たって民間セクターを関与させ、民間債権者が当該国へエクスポージャーを維持することをプログラムの前提にするといった方策も検討していくべきでありましょう。
(4) 世界銀行の新たな使命
一方、世銀につきましては、伝統的には、市場から資金を調達することが難しい開発途上国に対し、経済開発を進めるために必要な長期的な資金を供給することをその使命としてきました。しかし1990年代に入りますと、アジアや中南米のかなりの数の国々へ先進国からの民間資金が流れ込み、これに応じて世銀の業務も従来のインフラ整備を通じた経済開発から、教育・保健・人口や環境などの分野へとその重点を移してきました。
昨年来のアジア危機による経済不安は、開発途上国の経済成長と貧困削減を目指す我々の努力を巡る環境を一層厳しいものとしました。過去20年にわたり、順調に高い成長とより平等な分配を達成し、貧困の緩和に成功してきた東アジア諸国は、昨年来急速に経済パフォーマンスを低下させ、失業の増加、物価の上昇、公的支出の減少等により、国民生活、特に貧困層が大きな打撃を受けました。たとえばインドネシアでは、貧困層は1996年に全人口の11%、2,250万人にまで減少していました。しかし、経済危機はまず都市部、続いて農村部の人々の生活に打撃を与え、今や貧困人口は2年前の3.5倍に拡大したと言われています。
このような厳しい状況に直面し、世銀の任務と支援のあり方を再び見直すことは、今日最も喫緊の課題の一つであります。
民間資金の急激かつ広範な移動により危機が発生した時に、昨年末の韓国の支援で行いましたように、IMFと共に迅速に資金の供給を行い市場の安定に努めることも、世銀の重要な任務であると考えます。その際、IMFとの十分な連携が必要ですが、世銀は市場からの資金調達や民間資金を動員する保証という独自の機能を有しており、こうした機能を積極的に活用した支援手段の検討を求めたいと思います。
また、危機によって生じた新たな問題に対処するため、世銀は適切な構造プログラムを実施し、社会の安定と貧困の削減に取り組む必要があります。その際には、IMFとともに金融・企業セクターの構造問題に取り組むこととならんで、教育や衛生などの基本的な社会支出を確保し、最も弱いグループの人々を保護し、地域社会の安定を図ることが極めて重要であります。最近世銀がタイに対して供与した社会投資プロジェクトはそのような取り組みの一例であり、我が国としても世銀のこうした取り組みに対し、様々な形で支援を行う考えであります。
新たに生じた社会・貧困問題への取り組みにおいて、IDA(国際開発協会)の役割は極めて重要であります。現在交渉が行われておりますIDAの第12次増資において、IDAがアジア地域のこうした問題に迅速かつ積極的に対応するよう強く求めたいと思います。
危機の中にありましても、低所得重債務国やポスト・コンフリクト国といった特に困難な状況にある国々の支援から目をそらすわけには参りません。我が国は世銀をはじめとする国際金融機関による取り組みを今後とも支援していく所存であります。
(5) IMF・世銀の役割と国際社会としての責任
多くの困難や挑戦に直面する国際経済社会にとって、IMFとその兄弟機関である世銀の役割は、他が代替することができない、決定的に重要なものであります。そして、IMFや世銀の機能を更に改善し高めていくことは国際社会全体の責任であります。
既にIMFと世銀の協調強化やこれら機関自体の透明性向上等に向けた改革努力が行われていることは評価できますが、私が上で指摘しましたような点を含め、今や、国際金融システムに新しい生命を吹き込むため、IMF・世銀体制の抜本的な見直しを行っていくことが必要だと考えます。
なお、IMFが引き続き困難に陥った国に対し適切な支援を行い、国際金融システムの中心的機関としての役割を果たしていくためには、資金基盤の強化が不可欠であることを改めて強調したいと思います。IMFの第11次増資とNABの早期発効に向けて、まだ同意を行っていない国に対し、速やかなアクションを求めたいと思います。
4.アジア通貨危機支援に関する新構想、円の国際化
(1) 新構想の提示
昨年7月にタイに端を発したアジア通貨危機に対し、我が国はIMF、世銀、アジア開発銀行及び関係各国からなる国際的な枠組みの下で、二国間支援としては関係国中最大の支援を表明し着実に実施してまいりました。その結果、アジア諸国では為替水準は概ね小康状態を得ており、多くの国で当面の通貨危機を乗り切ったものと考えられます。ただ、実体経済に目を転ずれば、企業業績の大幅な悪化、失業者の増大、物価の上昇等、アジア諸国は今なお困難な状況にあります。
しかしながら、アジア諸国の高い貯蓄率、豊富な人的資源、教育の重視、更には経済発展への強いコミットメントといったファンダメンタルの強さについては今回の危機でも失われた訳ではなく、現在の難局を乗り越えれば、再び高い経済成長と国民生活の向上を遂げていくと信じています。
そこで、アジア諸国の経済困難の克服を支援し、ひいては国際金融資本市場の安定化を図る観点から、これから述べますとおり、我が国からのバイの支援として、アジア諸国の実体経済回復のための中長期の資金支援のために150億ドル、これらの諸国が経済改革を推進していく過程で短期の資金需要が生じた場合の備えのために150億ドル、併せて全体で300億ドル規模の資金支援スキームを提示したいと思います。
(2) アジア諸国に対する中長期の資金支援
通貨危機に見舞われたアジア諸国では、民間企業債務等のリストラ及び金融システムの安定化対策、社会的弱者対策、景気対策、貸し渋り対策等のため、膨大な資金ニーズがあります。このような中長期の資金需要に応えるため、これら諸国の資金調達に対する支援を行う所存であります。なお、その際、東京市場の活用を図り、我が国の資金の還流に努めるものとします。
具体的には、まず、アジア諸国への輸銀融資や円借款の供与等により我が国からの公的支援を行いたいと思います。
次に、アジア諸国が国際金融資本市場から円滑に資金調達できるようにするため、保証機能の活用を図るべきであり、そのため、輸銀の保証機能を活用します。また、世界銀行及びアジア開発銀行に対し、アジア諸国の借入及び債券発行による資金調達に対して積極的に保証を行うよう要請いたします。将来的には、アジア諸国を中心とする新たな国際的な保証機構の設立が真剣に検討されることを期待します。
また、利子補給等により調達コストを軽減するためのファンドとして、我が国の拠出により「アジア通貨危機支援資金(仮称)」を設立したいと思います。本資金は、他のアジア諸国等にも開かれた枠組みとし、この趣旨に賛同し参加する国があれば歓迎します。
更に、世界銀行及びアジア開発銀行と協調してアジア諸国に対する資金支援に努めたいと考えます。特に、民間企業債務等のリストラ及び金融システム安定化に向けての取組みにより、アジア諸国政府が抱える資金需要に対し、世界銀行及びアジア開発銀行が最大限の支援を行うことを要請するとともに、その際、我が国としても協調して資金支援を行いたいと考えます。
最後に、技術支援につきましては、日本特別基金を積極的に活用し、アジア諸国が民間企業債務等のリストラ及び金融システム安定化のための総合的な対策を実施するため、これら諸国に対して必要な技術支援を行うよう世界銀行及びアジア開発銀行に要請致します。また、このような総合的な対策を実施するため、我が国としても、個別国の実情に応じ、必要な技術支援を行って参ります。
(3) アジア諸国に対する短期の資金支援
アジア諸国が経済改革を着実に推進していく過程で、貿易金融円滑化等の短期の資金需要が生じた場合に備えて、スワップ等を用いた短期資金を用意致します。
(4) 国際開発金融機関及び各国との協調
我が国といたしましては、これらの施策の実現に向けて、国際開発金融機関及び関係諸国、特にアジア太平洋諸国等と密接に協調していく所存であります。
(5) 円の国際化
なお、昨年来のアジアにおける通貨危機の原因の一つはドルへの過度の依存にあったとの指摘があり、アジア諸国で円の役割の拡大が課題となっています。こうした認識に立ちまして、政府としては円が一層国際的に活用されるような環境整備に向け、総合的、大局的な見地から具体的方策の検討を進めているところであります。
来年1月からユーロが導入されますが、米ドル、ユーロとともに国際通貨としての円の役割が高まっていけば、国際通貨体制の一層の安定に寄与していくものと期待しています。
5.結び
世界経済は大きなリスクとチャレンジに直面しています。我々は、世紀の転換点に立ちまして、これまで国際金融コミュニティーが集積してきた英知を土台としつつも、新しい現実に対応した新しいシステムの構築に向けて踏み出すべきであります。私も他の総務各位とともにブレトン・ウッズ機関の役割の再定義に向け、積極的に取り組んでいく所存であります。
また私は、本日、日本が近隣諸国に対し、一層の貢献をを果たしていく決意があることを披露致しました。日本は、今後ともIMF・世銀を中心に本日参集した諸国とともに、この難局を乗り越え、世界経済を新たな成長軌道に乗せていきたいと考えております。
(以 上)
