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「アジア危機を越えて」APEC蔵相会議 宮澤喜一蔵相講演(1999年5月15日 於:マレーシア ランカウイ)

アジア危機を越えて

APEC蔵相会議 宮澤喜一蔵相講演

1999年5月15日 於:マレーシア ランカウイ

 

仮 訳

 

 


 

アジア危機を越えて

APEC蔵相会議 宮澤喜一蔵相講演

1999年5月15日 於:マレーシア ランカウイ

 

 議長、各国大蔵大臣、御列席の皆様、本日、この場でスピーチをさせていただけることを大変光栄に思います。

 1997年7月にタイで始まり、瞬く間にアジア全体、次いでロシア、ラテンアメリカへと広がった世界的な経済危機は、沈静化したように見受けられ、差し迫った危機は終わったと申し上げても差し支えないと言えましょう。比較的穏やかな時期に入った現在、実際に起ったことを振り返って分析し、世界的経済、とりわけアジア太平洋経済を次世紀に向かって展望することは、意義のあることではないかと考えられます。

 大部分の人々、特に、この地域の人々は、この危機の到来を予期出来ていませんでした。脆弱性の兆候は高まっていたにもかかわらず、市場関係者やアナリストは、危機がタイから韓国へと伝染していくことを予測出来なかったのです。融資に対するリスク・プレミアムは低いままで、スタンダード&プアーズやムーディーズのような格付機関も、危機が始まるまではソブリン債に対する評価を比較的高く維持していました。多くのアナリストや投資家たちが特に危機の当初に主張したのは、適切なディスクロージャーが欠如していたり、透明性が不充分であったために、リスクを正しく評価できないということでした。しかしながら、客観的な証拠やデータが示すように、実効実質為替レート、民間部門の短期対外債務、経常収支バランス、銀行部門のバランス・シートなど、適切な情報は多数入手可能だったのです。問題は、こうした情報が市場のリスク評価に適切に反映されなかったことです。ヘッジ・ファンドやペンションファンド、その他のノンバンク金融機関の動向に関わる要因を考えると、特に、こうした機関は集団となって行動しようとする心理のために、リスクについて、合理的かつ詳細な予測が出来なかったことが窺がえます。

 危機を取り巻く状況についてより客観的検討を加えると、現在私たちが有しているグローバルな金融システムにおいては、市場の信認が突然逆転して、様々な規模あるいは期間のパニックが度々起き得ることが明確となります。確かに、韓国、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンのアジア5カ国においては、1993年及びそれ以降に実施された資本勘定の相当程度の自由化によって、1994年から1996年までの3年間で約2,200億ドルの民間資金が流入しました。そして、信認がシフトした結果として、1997年に逆流して行った金額はおよそ1,000億ドルに上ります。こうした、絶好調の状況からパニックへという市場におけるセンチメントの突然のシフト、そして、その結果として生じる巨大な民間資金フローの逆転に耐え得る国や地域はあり得ません。

 洞察してみるに、影響を受けた国々の国内の金融システムと相互に作用して発生したこれらの資金フローのシフトに対して、短期間、かつ、巨額の金融仲介によって対応しようとしたことは、極めて不適切であったのです。資金の受け手の国の側に立って危機を見ると、本質的には、資金の通貨建と満期が、非効率な金融仲介により捻じ曲げられ、ミスマッチを生じさせていたことが問題であったのです。アジアは高い貯蓄率と勤勉な労働力を含め極めて強固なファンダメンタルズを備えており、伝統的には貯蓄の大部分を域外、主として米国や欧州に投資してきました。資金は海外からの直接投資という形でアジアに戻ってきますが、近年では、ポートフォリオ投資や金融機関からの短期の融資という形を取ることが多くなってきています。言い換えますと、依然としてアジアは、グローバルな金融システムの周辺部で、そのシステムに多額の資金を提供する一方で、システムの中心部からの資金還流が得られないというミスマッチに苦しんでいるのです。

 今後のことを考えると、我々は過去数年間に体験したような危機の再発を防ぐために、グローバルな金融システムをより安定的かつバランスのとれた形で機能するようにさせるための方策を見出す必要があります。一般論を言わせていただくならば、国際金融システムの抱える問題に対処するために検討が必要とされる方策は基本的に2つに分類されます。――すなわち、一つはシステムの中心部に対するもので、もう一つは、周辺部に対するものです。

 まず、中心部、言い換えれば先進国における大規模な金融仲介に関しての問題についてですが、こうした問題は、G7やその他の場における国際金融システムについての議論において適切に対処されています。特に4月14日にワシントンで第1回目が開催された金融安定化フォーラムでは:レバレッジの高い機関、資金フロー、オフショアセンターという3点に関するスタディーグループを発足させることを決定しました。それぞれのスタディーグループは、ヘッジ・ファンドを含む金融仲介機関をモニターし、健全性の観点から規制を行うという問題に取り組みます。振り返ってみると、これらの機関によるリスク管理に主たる欠陥があった、そして、こうした機関が危機のきっかけとなった、あるいは、引き起こしたとさえ言えるのではないかと思います。金融市場について、新たに何らかの世界的なインフラを整備して、投機を食い止めつつ、必要な国際的資本取引の流れを維持し、更には高めることが必要とされているです。

 第2番目のカテゴリーの問題に移りたいと思いますが、これは周辺部、つまり国際的な資金の最終的な受け手、すなわち新興市場諸国に関するものです。新興市場諸国における、公的、金融、あるいは、非金融部門における透明性やディスクロージャー、銀行やノンバンク金融機関に対する健全性の観点からの規制、銀行や企業のリストラのための法的インフラなどに関する問題は、過去数カ月間に様々な場で話し合われ、いくつかの良好な成果をもたらしています。これらの分野における進展は、既に公表されており、幾つかの方策が既に実施に移されています。また、更なる方策が6月20日に予定されているケルン・サミットまでに公表されるでしょう。

 本日は、第2番目の、つまり資金の受け手の国に関連する重要な問題を提起したいと思います。すなわちアジア域内に、グローバルな金融システムと整合性のとれた効率性の高い市場と効果的な金融仲介を創設するという問題です。この問題については、以上申し上げたような様々な場において幅広い議論や分析が行われている訳ではありません。通貨・金融危機はアジア特有のものではありません。英国は1992年にERMに関連した通貨危機に苦しみましたし、米国でさえ1980年代には大きな金融的混乱を経験しました。しかし、これらの国々においては、厚みがあり、流動性が高く、また反発力のある市場のおかげで、直面する問題を迅速に解決することが出来ました。いずれの国も、多くのアジア諸国が体験したような通貨建と満期のミスマッチは体験していません。確かに、この地域においては透明性やディスクロージャーを高め、より良い金融・法的なインフラを創設する必要がありますが、それでは不十分です。この地域は、特に、債券を活用して効率的な市場を創設することによって、信頼に足る金融仲介を通じ、通貨建と満期のミスマッチが今後、発生しないようにすべきであるものと考えられます。

 アジアには、かなりのはっきりとした回復の兆候が見受けられます。最新のIMFの世界経済見通しによれば、危機の打撃を受けた5カ国のうち韓国、フィリピン、タイ、マレーシアの4カ国は1999年にプラス成長を記録すると予想されています。マイナス成長と予測されているインドネシアにおいても、選挙がスムーズに運べば、状況は著しく改善する可能性がありましょう。従って、これらの国々が比較的早い時期に国際金融市場に復帰すると予測したとしても妥当なことではないのでしょうか。これらの国々のリスク・プレミアムも既に200~300ポイント台にまで低下しています。現下の問題は、満期と通貨建のミスマッチの再発を回避するため、国際市場へのアクセスを取り戻すプロセスをどのようにモニターしていくのかということなのです。

 第一に、企業リストラや資源開発のような中長期的な資金ニーズは、金融機関融資、債券、出資などの長期的な手段により、ファイナンスされなければなりません。現在のような移行期間にあっては、ソブリン債に対する部分保証を付することによって、低いコストで発行者の信認を回復するための触媒的機能を果たせましょう。この関連で、日本としては、アジア開発銀行に3,600億円(30億ドル)の保証基金を創設するとともに、275億円(230百万ドル)の利子補給を供与することをご報告致します。更に、先月には、日本輸出入銀行が、新興市場国の発行するソブリン債の発行を保証出来るようにする、あるいは、そうした債券を直接に購入出来るようにするための法案を成立させました。これらの新たな手段によって、2兆円(170億ドル)の長期ソブリン債が市場において発行されるものと期待しております。最近では日本での銀行再編のため、かなり多額の日本の銀行融資がこの地域から引き揚げられておりますが、今後は、主として機関投資家による多額の日本の資金が、こうした長期債によってアジアへ再流入すると私は予想しております。そのような債券は東京、香港、シンガポール、シドニー、あるいは適切なインフラを備えた域内の確立された市場であれば発行が可能です。

 第二に、危機の影響を受けた各国が国際金融市場に復帰する際に留意すべきは、通貨建のミスマッチを回避しなければならないということです。殆どの場合、新興市場国にとって国内通貨で債券を発行するのは、その通貨が米国ドルなどの主要国際通貨と厳密にペッグされない限り困難でしょう。しかし、金融政策の独立性を維持したままでは、信頼に足る厳格な固定相場制を維持していくことは容易ではありません。確かに米ドルへのペッグによって柔軟性が失われたことは、1997年と1998年のアジア通貨混乱の主な原因の一つでした。アジアの新興市場国が通常の状況の下で、自国通貨建によって、債券を発行出来ると考えることは、非現実的であるように思われます。問題は今後、通貨建のミスマッチをどのように回避するのかということです。一つの方法として、例えば米ドル、ユーロ、円などで構成された通貨バスケット建ての債券を発行することが考えられます。こうすれば、3つの主要通貨間での過度の変動性による問題は避けられるでしょう。但し、そうではあっても、自国通貨が3つの主要通貨に対して著しく切り下がってしまえば、通貨建でのミスマッチの問題は起こり得ます。しかし、自国通貨を実質レートベースで3つの主要通貨によるバスケットに対して変動させれば、この問題を回避することは可能でしょう。このペッグは、自国通貨とバスケット間のインフレ・ギャップを考慮して調節されることになります。これは通貨建ミスマッチの問題に対する現実的な解決策になるのではないかと思います。学界や専門家は、フロート制か、さもなくば、カレンシー・ボードやパナマにおける完全なドル化のような絶対的固定相場制という両極端しかないという見解に傾いていることは認識しております。ジェフリー・サックスなどはフロート制、あるいは、完全な柔軟性を強く支持する一方、ルディガー・ドーンブッシュはラテンアメリカ諸国について、米ドルにリンクしたカレンシー・ボードを主張しています。

 これらの両極端な解決策に関しては、2つの疑問があり得ましょう。まず完全なフロート制に関しては、その方向を突然反転させる可能性を秘めつつ越境してくる巨額の資本流入の真っ只中で通貨を自由にフロートさせるのは、相対的に小さな開放経済にとっては為替レートの振幅が大きすぎて、リスクを避けられないのではないかということです。インドネシアや韓国で見られたように、通貨があまりに過小評価されれば、国内の金融システムが崩壊する恐れがあります。こうした場合、何らかの資本規制によってシステムの崩壊を防ぐことが必要になるかもしれません。サックスでさえ、危機においてはこのような方策が必要になり得ることを認めています。しかし、危機に際して規制の可能性を考慮することになるのであれば、自由なフロートというよりも、通常な状況下で、通貨の変動をより注意深く管理していく、あるいは、管理された柔軟性を有する制度を採用していく方が適切なのではないでしょうか。次に、カレンシー・ボードについてですが、アルゼンチンや香港が最近の通貨危機をかなり上手く乗り切ったのは事実です。しかし、こうした国々はシステムを守るために巨額の代償を支払いました。また、固定レートかカレンシー・ボードかにかかわらず、過度の硬直性が危機の根源的な原因の一つであったことは否定できません。従って、カレンシー・ボード・システムのような制度でも、必要に応じて柔軟性を確保していくよう管理されなければなりません。

 更に付け加えたいのは、完全または部分的な通貨統合、あるいは完全または部分的に通貨を共有するといったその他の政策が、為替制度の問題に対する現実性のある解決策になると言うことです。そして、このことは、中期的に見て多くの国々が目指す方向となるかも知れません。これが正しいとすれば、欧州と欧州の強い影響下にある地域は、最終的にはユーロ圏に集り、米国と密接な関係がある国々は米ドル圏に収斂されることになるでしょう。

 では日本や他のアジア諸国はどうなるのでしょうか。アジア諸国における文化、民族、開発段階などの多様性を考えると、アジアにおいて欧州型の統合を実現するのは極めて困難なのは明らかです。南北アメリカ大陸で米国が果たしているような役割を日本が果たすのも不可能でしょう。

 一つの可能性は、先に述べた通貨バスケットというアプローチです。貿易や外国の直接投資を通じて、地域の統合が進むに従って、通貨バスケットというアプローチはより幅広く受け入れられることにもなり得ましょう。

 昨年の10月初旬、私は危機の被害を受けたアジアの5か国、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、韓国に対して短期、及び、中・長期の300億ドルにのぼる金融支援を実施するというイニシアチブを発表しました。現時点で、この支援のうち3分の2がコミットされています。日本としては今後、このイニシアチブを引き続き実施していくとともに、その内容と支援対象国を拡大していきたいと考えています。従いまして、ベトナムに対しても、以前に発表した300億ドルとは別枠での金融支援を行います。

 ここで、強調させていただきたいのは、1999年には特に東南アジア、東アジアの多くが立ち直り、プラス成長を達成すると予想されているため、アジアにおいて民間資金を流れやすくすることが一層重要になってきたということです。投機的な短期の資金は歓迎されませんが、健全な中・長期の直接投資やポートフォリオ投資は非常に重要です。先ほど説明したように、市場から更に2兆円を調達出来るようにすることによって、民間資金の再流入が加速され、また、民間資金を仲介するための健全な市場ができることになるでしょう。日本ならびに他のアジア太平洋諸国は、21世紀に向けて相当な金額の民間資金をこの地域に提供することが可能になりましょう。

 日本としては、公的及び民間のジャパン・マネーをこの地域に振り向けることに加え、域内および他の地域の資金及び日本円を東京市場にひきつけたいと思っております。日本は既に、円の国際化に向けての意欲的な取組みに着手しております。短期国債、政府短期証券に対する源泉徴収税は免除されています。また、本年度の9月からは、長期国債にも源泉徴収の適用はありません。また、日本の国債は、6か月物及び1年物、並びに30年物の導入によって多様化されてきました。更に、5年債の発行についても精力的に検討しております。そして、東京の債券市場の効率化を高めるため、更なる措置が検討されています。銘柄を統合し同一銘柄の取引高を増やすことが、市場にさらに大きな柔軟性と厚みをもたらすために求められています。早期に解決を必要とするもう一つの課題は、決済と受渡です。即時決済は、真にグローバルな取引において欠くことのできない要素です。たとえば、日本の決済システムは、ユーロ・クリアに匹敵するものとする必要があり、東京、香港、シンガポール、シドニーその他のアジア市場と結ぶ地域の受渡システムを、より迅速に実現する必要があります。

 日本の債券市場の効率性を高めるには、域内における効率的な債券市場の発展と同一歩調をとる必要があります。言うまでもなく、こうした域内市場は、グローバル市場と完全に統合されていなければなりません。そうすることによってのみ、日本とそのアジア隣国は自分自身の意義のあるオープンな地域システムを確立することができるのです。

 世界は、21世紀に入ろうとする中にあって、「グローバル化」が急速に進展しています。しかしながら、この「グローバル化」は、地球上の文化や宗教の多様性に適切に配慮しつつ、進められるべきです。多様性の中での「グローバル化」が我々全てにとっての課題となっているのです。

 アジア太平洋地域は、2000年以上にわたって多様性を極めた文明が競合と共存をかさねた地域です。そして、その多様性と他者への寛容性があるからこそ、アジア太平洋地域は、世界経済の「グローバル化」を更に進展させ、また深化させるという、この地域にしか出来ない貢献を行って、21世紀の重要な主役となって行くのではないでしょうか。

 

ご清聴ありがとうございました。