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情報技術、グローバリゼーションと国際金融アーキテクチャー

情報技術、グローバリゼーションと国際金融アーキテクチャー

- 福岡蔵相会合の主要な議題に関する日本の考え方 -

黒田財務官講演
2000年6月15日 於:日本外国特派員協会
(仮訳)


 紳士淑女の皆様、本日は、このような素晴らしいお集まりにお招きいただき、お話する機会を与えられましたことを大変光栄に思います。

 皆様ご存知のとおり、我が国は本年のサミット議長国であり、7月8日の福岡蔵相会合を皮切りにして、12日、13日には宮崎外相会合、21日~23日には沖縄首脳会合が開催されます。

 今回の九州沖縄サミットでは、21世紀に向けた「一層の繁栄」、「心の安寧」、「世界の安定」がテーマとなっております。より具体的には、首脳会合では、世界経済の現状の評価に加え、121世紀に向け、経済社会全体に活力をもたらす鍵であるIT(Information Technology)のもたらす影響-デジタル・オポチュニティ-とデジタル・ディバイド、2遺伝子組み替え作物を中心とした食品安全、3エイズ、結核、マラリアといった感染症への対策、及び、4重債務貧困国(HIPCs)(Highly Indebted Poor Countries)の債務削減の進捗などの開発問題、が主要議題となる予定です。

 蔵相会合においては、次の4つの関連するテーマについて議論され、首脳に対して報告することとなっております。第1は、マクロ経済、金融、税といった蔵相の所管分野におけるITの影響と政策課題です。第2に、国際金融アーキテクチャーの強化について、昨年のケルン・サミットへの蔵相報告書に盛り込まれた、幅広い諸提言のフォローアップと更なる改革のための提言が論じられます。第3に、マネーロンダリング及び金融機関による規制・監督からの回避の温床ともなっているオフショア・センターの問題、タックス・ヘイブンを利用した脱税・租税回避といった、グローバリゼーションの進展とともに深刻化する国際金融システムの濫用に対する対応もテーマとなります。最後に、昨年ケルンで開始された拡充されたHIPCイニシアティブのフォローアップを含め、未だグローバリゼーションの利益から取り残されている開発途上国の問題も引き続き重要な課題です。

 また、首脳への独立の報告を作成するわけではありませんが、世界経済の現状についても議論が行われる予定です。1997年7月にタイ・バーツの下落で始まった通貨危機は、アジアを席巻した後、翌98年には、ロシア、ブラジルへと伝播し、有力なヘッジファンドが破綻するなど国際金融市場に不安が拡がる状況にありました。その後、各国の政策努力や国際社会による取組みを通じ、99年には多くの国で回復が見られるようになり、世界経済が全体として安定を取り戻す中で、同年6月ケルン・サミットが開催されました。本年に入ってからは、最近、OECDが2000暦年の世界経済の成長率について4.0%との見通しを発表しているように、世界経済の回復と成長は更に力強くなっており、こうした中で九州・沖縄サミットが開催されることとなります。

 本日は、サミット蔵相会合3週間余りを前にしたこの機会を利用させていただき、IT、グローバリゼーション、及び国際金融アーキテクチャーについて、私見を述べさせていただきます。

I.IT革命とグローバリゼーション

 今回のサミットの大きなテーマはIT革命の影響、及びそれが我々の政策にどのようなインプリケーションを及ぼすかという点です。つい数年前までは、ITがこれほど大きな影響を世界各国の経済や社会のあり方に対して持つと考えていた人はあまりいなかったでしょう。しかし、IT、特にオープンでグローバルな広がりを持つインターネットの出現は、ビジネスや人々のコミュニケーションの方法に抜本的な影響を与えつつあります。

 まず、ITは情報伝達の迅速化やそのためのコストの低下をもたらし、企業内、企業と企業の間でのビジネスのあり方、企業と消費者との関係などに大きな変更を迫ります。例えば、企業内ではITにより情報の共有が進むので、これまでの階層的な組織の必要性が減り、業務の効率化が飛躍的に進みます。また、企業と企業の間ではグローバルにネットワーク化されたB to B市場を通じて、最も安い価格を提供できる供給者から仕入れをしたり、今までは思いつかなかったようなところにアウトソーシングをしたりすることにより、コストを節約し生産性を上げていくことができます。実際に、日本の中小企業とアジアの中小企業がインターネットを通じたB to Bマーケットに参加して取引相手を見つけ、中間財を売買するというような例が出てきています。

 また、仲介サービスの節約というのも重要な変化です。従来、企業と企業の間や企業と消費者の間に存在した様々な仲介サービスの多くは、各地域における財の需要や供給についての情報を仲介していましたが、ITの普及がこのようなサービスの必要性を大きく減少させています。さらに、ITは在庫管理を効率化し、設備稼働率の変動を減少させています。

 このような形での効率化や生産性の上昇はIT関連の産業に限らず産業全般に及んでいます。また、ITにより組織の変更や産業構造の再編、新たな技術革新も促され、これらが更なる競争の強化や生産性の上昇を招いています。更に、このような生産性の上昇に注目してIT関連の投資が増えることにより、資本ストックの増大率が高まることも潜在成長力の向上に貢献しています。

 世界各国におけるIT革命は、我が国も例外ではありません。経済企画庁によると、IT革命の進展により今後5年間で我が国の実質GDPは6.0%、年平均1%強程度押し上げられるとの試算もあります。今後、日本は少子高齢化社会となることが不可避ですが、同じ試算によれば、IT革命により人口減少の影響を相殺できるとしています。

 IT革命が抜本的に我々の経済のあり方を変えているという点は、いろいろな形の新しいサービスが出てきていることにも現れています。例えば、消費者のより個別的なニーズに対応できるようなビジネスや、これらをまとめてインターネット上に展開する仮想モールのようなビジネスも成立しつつあります。さらに日本では、ITを背景として、コンビニエンスストアやガソリンスタンド等の店舗網を利用した金融サービスの提供、店舗網を持たないインターネット上でのみの金融サービスの提供など、新しい形態での銀行設立や金融サービスの提供の動きが見られます。このような現象はITが国民の利便に直結している端的な例だと思います。しかもこのような新たなビジネスは、グローバルなインターネットを通じてクロスボーダーの取引を活発化させ、世界を文字通り一つの市場として展開し得るものです。これらが新たな需要の拡大につながっていくことは言うまでもありません。

 IT革命は、このように生産面での効果とともに需要の拡大をもたらすものであることから、ITを最大限に活用することにより、各国はこれまで以上に力強い、バランスのとれた成長をもたらすことができるでしょう。雇用についても、一定の職種において節約される労働が出てくる反面、システムエンジニアやコンピュータ関連の労働者への需要は高まりますし、上記のような新たなビジネスが新しい雇用を生みます。ITにより成長率が高まることを受けて、雇用についてもポジティブな影響があると思います。

 IT革命はこのように、成長という面でも、雇用という面でも、また国民生活の豊かさという面でも、多くのポジティブな可能性を持っています。従って、各国政府としては適切な政策によってその果実を最大化することが課題となります。特に、規制緩和による競争的な環境の整備、開放的な貿易システムの維持、ITのもたらす新たな環境に対応するような取引の安全や消費者保護などに関するルール作り、ITによって節約される職種から新たに必要となる職種への転換が円滑に進むことを促進する弾力的な労働市場、新しいビジネスの資金需要に適切に対応できるような金融資本市場、などが重要です。いずれにせよ大事な点は、政府の関与というのはあくまでも民間セクターの自主性や革新に向けた企業家精神が最大限に発揮されるような環境を整えることにあるという点です。国際的なルールを整えることも重要です。これらの点は、デジタル・ディバイトへの対応などともにサミットでも首脳会合で大いに議論されることになると思います。

 蔵相の主な仕事であるマクロ経済政策についても、健全な財政金融政策をとっていくことがITの提供する機会を最大限生かすという点で非常に重要です。インフレのない安定的なマクロ経済環境は、IT関連の投資をはじめとする企業の意思決定が適切に行われることの大前提です。

 在庫管理が効率化かつスムーズに管理されることにより、ニューエコノミーにおいては景気循環が消滅する可能性があるという議論があります。しかし、景気循環は人々の心理の変化や外的ショックなど様々な理由により起こるものであり、簡単に景気循環がなくなるとは思えません。また、IT革命は、まだ現在進行中のプロセスです。その評価を完全に行うことは極めて困難です。個々の企業の将来性や各国経済の今後の展開にも大いなる可能性と同時に不確実性も存在します。各国は、このようなリスクも念頭に置きつつ、バランスのとれた持続可能な成長に向けて、引き続き適切な経済政策をとっていく必要があります。

 本日は詳しくお話しすることはしませんが、ITは各国の蔵相達が関わっている金融や税の分野にも大きなインプリケーションを持っています。例えば、インターネット上での金融商品やいわゆる「デジタル・グッズ」などの提供、取引スピードの飛躍的な増大、国内に拠点を持たない企業による国境を越えた取引の増加などは、金融システムや税制のあり方に大きな課題を含んでいます。このような課題に対応していく際には、従来型の取引への対応との一貫性や異なる取引形態間の中立性を基礎としつつ、新たなビジネスの方法が提供する機会や利便が損なわれないようにしていくことが重要であろうと思います。福岡蔵相会合ではこれらの点についても議論が行われることになるでしょう。

II.グローバル化した世界の国際金融アーキテクチャー

 97年のアジア通貨危機以降、世界経済は安定を取り戻し、その拡大の見通しが引き続き明るくなっています。同時に、経済のグローバル化はこれまで以上に急激かつ大規模な国際資本移動を容易なものとしており、世界経済には資本の急激な反転(reversal)により危機が引き起こされるリスクが依然として内在しています。安定を取り戻しつつある今こそ、危機の予防のための施策や、危機が発生した時の解決策を考えておくことは大きな意義を持っています。こうした観点から、今回のサミットは国際金融アーキテクチャーの改革のためのモーメンタムを強化する最良の機会であります。

 国際金融アーキテクチャーの強化にあたっては、何か一つの大きな改革が万能薬になるというものではなく、先進国、新興市場国、国際金融機関の地道な取組みの積み重ねが不可欠であるということは、言うまでもないことです。昨年のケルンサミットで発表された国際金融アーキテクチャー強化に関するG7蔵相報告書は、1国際機関及び国際的アレンジメントの改革、2ヘッジファンド等の貸し手側への監督の強化、3借り手側の新興市場国における金融セクターの強化、適切な為替レジームの選択、よく順序立った資本自由化、4危機の予防・解決にあたって民間セクターの関与の強化、5国際的に合意されている最良の慣行や基準の促進、などについて包括的な見直しを提唱するものでありました。これを受けて、国際社会はこの12ヶ月間、同報告書で指摘された各々の分野の改善策について真摯な検討や協力を精力的に行ないました。

 例えば、国際的なアレンジメントの強化については、昨年秋の総会でIMF暫定委員会から恒久的な「国際通貨金融委員会(IMFC)」への改組が行われ、昨年12月には国際通貨システム上重要な国々の間の対話のための非公式メカニズムであるG20の第1回会合が開催されました。本年春にはG7の大蔵省、中央銀行、金融監督当局の3者が中心となって昨年発足した金融安定化フォーラムが、HLIs、資本移動、オフショア金融センター、国際基準の実施に関する報告書を発表いたしました。危機の解決にあたっての民間セクターの関与の強化については、債務リストラの際の債権者間の公平性の確保などの基本原則がIMF理事会やG7で合意され、ウクライナやルーマニアなどにおける最近のIMFプログラムにおいて、債券保有者を含む民間の債権者がプログラムのファイナンスに大きな寄与を行うなど、民間関与の考え方が実施に移されつつあります。

 今年の福岡蔵相会合では、こうした国際金融アーキテクチャーの強化に関する進展状況のフォローアップや国際的な議論の深化に加え、国際金融システムの中心に位置するIMFの改革に焦点が当てられることになると思います。IMF改革は、IMFが21世紀の新しい国際金融の課題に対処し、引き続き国際金融システムの安定と発展に中心的な役割を担っていく上で必要不可欠です。我が国もこれまで1IMFのサーベイランスや融資プログラムの作成にあたっては急激で大規模な国際的な資本移動への対応に力点を置く、2構造政策へのIMFの関与は危機の解決に直接関係のあるものに限定していく、3IMFの透明性の向上や政策決定手続きの改善を図る、など様々な提言を行ってきており、こうした分野においてこれまで大きな進展が見られることを評価したいと思います。

 福岡会合でのIMF改革に関する中心課題の一つは、IMF融資制度の見直しです。これについては、IMFの中心的な融資制度である、貸付期間1年、返済期間3~5年のSBA(Stand-By Arrangement:スタンドバイ取極)や貸付期間3年、返済期間5~10年のEFF(Extended Fund Facility:拡大信用供与措置)の金利を引き上げることにより、加盟国のIMF融資への過剰な依存を避けるべきとの提案も示されています。民間資本市場の役割が近年ますます増加してきていることに鑑み、できるだけ民間市場へのアクセスを高める方向で各国の努力を促していくことについては我が国は基本的に賛成です。しかし、IMF融資の利用コストの引上げについては、IMF資金の利用にあたってはマクロ経済全般について厳しいコンディショナリティが付され、加盟国は相応の政治的・社会的コストを払っていることを我々は想起すべきです。更に、適切な政策を前提に加盟国を支援するというIMFの「信用組合」的な機能も引き続き重要です。今回の蔵相会合では、IMF融資に対する加盟国の依存が恒常化するようなモラルハザードは避けながらも、必要な場合には適切な融資が引き続き行われるよう、IMF改革についての2つの立場に適切なバランスがとられることを期待します。

 一方、通貨危機が発生した場合に効果的に対応するための、国際的なセイフティネットの役割は必要であります。従ってIMFが、一時的な流動性不足に起因する危機の場合における国際的な「最後の貸し手」的な機能を維持・強化していくことが必要です。この観点から、ブラジル危機を受けて昨年創設された、危機の予防のためのファシリティであるCCL(Contingent Credit Line:予防的クレジットライン)の実効性を高める必要があります。これまでのところ、CCLを利用した国は一つもないことから、この制度をどうすればもう少し魅力的なものとすることができるかについて議論が行われてきております。我が国は、手数料率の引下げやコミットメント・フィーの廃止を提案しております。CCLは危機の伝播の防止のためのファシリティであることに鑑み、適格条件を定期的にレビューすることを条件に、その発動はより自動的に行われるべきであると考えます。今回の福岡会合では、CCLについても具体的な改革案に向けた進展があることを期待しております。

 IMFのガバナンスやアカウンタビリティの向上も今回の蔵相会合の主要テーマの一つです。IMFは引き続きその文書の公開を進めていくべきでありますし、恒久的な独立評価部局をIMF内に設けるとのアイデアを早急に実施に移すべきであります。また、我が国は、IMFの事務局が加盟国と交渉する前に、重要なフレームワークについて理事会に相談するべきであることを引き続き主張してまいります。

 これらに加え、我が国としては、IMFのクォータシェアや理事構成の見直しがIMFのガバナンスやアカウンタビリティの向上にあたって極めて重要であると考えております。IMFが真にグローバルな機関として、国際金融システムの中で中心的な役割を果たし続けるためには、IMFの投票権、IMF資金への貢献、及びIMF資金の利用限度の基準となるクォータが国際経済の実情を反映したものであることが不可欠であります。IMFが創設されてから半世紀以上を経て、アジア諸国をはじめとする新興市場諸国が大きな経済力を持ち、その貿易額も飛躍的に増加し、国際金融市場におけるウェイトも増加してきているにもかかわらず、アジア諸国のクォータシェア、投票権、理事数は限られたままであります。加盟国の経済の実情に応じた形でのクォータ配分の見直しを早急に見直すことが是非とも必要であると思います。

 今回の福岡会合では、上述のようなIMF改革に加え、世界銀行をはじめとする国際開発金融機関の改革についても、その業務をより貧困削減に焦点を当てたものとし、民間資金と競合することを避けるべきこと、国際開発金融機関相互の協調を促進し、援助効率を向上させるべきこと等が議論される予定となっております。

III.結語

 最後に、7月8日にサミット蔵相会合が開催される福岡について一言申し上げます。福岡市は、人口130万人の九州最大の都市です。九州の中心的な都市であり、また日本のアジアへの玄関口のひとつです。福岡は日本の伝統と近代が交錯する活力ある町であり、香港発行の週刊誌「ASIA WEEK」でも「住み心地が良く、仕事もしやすいアジアの都市ランキング」で1位に選ばれています。蔵相会合の行われる福岡市博物館は、2000年にわたるアジアと福岡の交流の歴史を紹介する博物館であり、近代的な美しい建物です。

 蔵相会合の前日の7月7日には、福岡で世界経済シンポジウムを開催致します。インドネシアのクイック調整大臣、韓国のリー財政経済部長官、タイのタリン蔵相及び千野アジア開発銀行総裁の参加を得ており、21世紀の経済のグローバル化やアジア経済について充実した議論が行われることを期待しています。

 福岡蔵相会合直後の7月中旬には、勇壮な博多祇園山笠祭りが開催されます。今回の蔵相会合の機会を利用して、多くの方が福岡においでいただければ幸いです。

 御静聴ありがとうございました。