財務省 採用案内 2013
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Toshio OYAstep.5step.6step.7step.8 1999年に、久し振りに国際局に戻り、為替市場課の課長補佐になった。着任早々から円高が急激に進行し、在任2年間に10回以上の為替介入を行った。事前に情報が漏れると介入の効果が大きく減殺されるため、ごく少人数のみが情報を共有し議論に参加する。自分の後ろを見ても壁しか無い。課長補佐としての第一次判断は、孤独である。しかし、その責任の重さを噛み締めて、喜びに変えなくてはならない。 お蔭で、市場の仕事の厳しさを知った。 2003年から3年間、理事代理という肩書で、世界銀行に派遣された。世界銀行の主要出資国の代表として、理事会に出席して世界銀行の意思決定に参画するのが職務である。日本の代表としての仕事に、日本人職員の増加を図ること、そして既に勤務している日本人職員のお世話をすることがある。何が出来るわけでもない。誠心誠意話を聞いて、日本政府としてどのようなサポートの仕組みがあるか、1人1人と膝を突き合わせて話をする、それを一生懸命やる。 お蔭で、日本の外にいるのに、日本の人のために仕事をする気がした。 2008年、国土交通省と環境省の予算を担当する主計官を拝命した。相手省庁の予算要求を査定するだけではなく、成果のチェックのため、現場に行き、執行を見て、提案を行うことも大事な仕事である。北海道のとある観光地で、ビジットジャパン関係の予算の執行につき、町長と議論した。補助金を使って観光英文パンフレットを何千も印刷したと聞き、観光地巡回バスの運転手さんで英語の出来る人は何人いるかと聞くと、皆無と言う。言葉のやり取りも重要ではないかと言い、日本の他の観光地の例を紹介し、近くのスキー場の外国人旅行客を連れてくるための方策についても議論した。それを受けて、また国土交通省の担当者と議論する。 お蔭で、現場から積み上げた予算の重要性を、関係省庁と共有できたと思う。 2010年の7月に国際局為替市場課長を拝命した。発令早々から円高が続き、財務大臣の御指示を受け9月15日に6年ぶりの為替介入を実施した。1日で2兆円以上の円を売りドルを買うオペレーションであった。年が明け3月11日、東日本大震災が発生し、市場にも大きな影響が出た。円高を狙う投機的な売買により、3月17日、円は一時史上最高値を3円以上更新し、76円台を付けた。こうした事態を受け、翌3月18日、11年ぶりのG7協調介入が合意された。世界の協調介入オペレーションの一番手は、当然、我々である。国難の時に、これ以上の市場の混乱は許されない。責任は重く、逃げ場は無い。しかし、集中して、頑張って、苦しさを乗り越えれば、飛びきりの思い出に変わる。 お蔭で、25年間で一番の思い出が出来た。国際局世界銀行主計局為替市場課30
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