一緒にやらないか
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二、そこで、君の一度しかない人生を賭けるに当たって、財務省という選択肢を、過去、志望者から聞かれた質問の一部に答える形で説明しよう。
私の経験からは逆だ。変質したが、寧ろ、より高度で大きい仕事が期待されている。私の入省時、55年体制といった構造下、絶大な権限をもちつつも、制度の円滑な運営者、時には、言語ゲームの肝煎という側面さえ感じられた。そして、黒澤の「生きる」をみて、何か変えたい、と素朴に思いつつ、幕末の志士や坂の上の雲の主人公達に与えられた機会を羨ましく思った事もあった。 翻って今、財務省は国家運営の中枢を引き続き担っているが、制度改革の主宰者という新たな任務の色彩が強く感ぜられる。我々は民族生存、世界繁栄の闘いの前衛にいるという実感だ。急変する流動的事態の下で危機的状況からの脱却を模索する、政策手段の進化、更には、社会観・パラダイム転換の苦悩は、困難ではあるが、極めて知的付加価値の高いエキサイティングな過程である。 また、日本の世界に及ぼす影響は、日本経済の発展と世界の相互依存の進展の結果、これまで我が国が経験したことのない程、遥かに大きく、財務省の政策レバレッジは極大化している。国際経済の運営、国際秩序の形成に深くかかわり、我々のイニシアティヴで世界を動かすことが日常化してきている。更に、民主主義の進化に伴い、利益構造の多元化(の顕在化)、説明責任の増大を含め、政策調整・意思決定コストが高まり、我々にコンセンサス形成努力において新たなチャレンジを与えている。
勿論、哲人王に全く及び得ない我々の判断は、後世の歴史の審判を仰ぐより他ない。我々が常に正しいと信じるのは傲慢である以上に愚劣である。後知恵だが、失敗もあったと思う。理性的な判断をするには、気負い過ぎないことも肝要である。 しかし、他方、財務省ほど、情報と政策手段(予算、税制、財投、為替等々)が集中している組織が他にあろうか。また、余りに広く、時に抽象的な国益を背負っているため、いわば、財務省は国の縮図であり、省益という概念自体、惹起し難い。従って、国家、世界の視座でものを考えうる比較優位と、そうすべき義務が自ずと付着するのである。君も入ってみれば、短期的な社益、省益に拘泥しない議論の正統性、それに勇気付けられた自由闊達な精神風土に驚くであろう。
私が思い入れのある為替市場課の話をしよう。 (例1)為替市場課時代の私の一日は朝7時台に出勤して、深夜の間に世界中の官民から寄せられた百通以上のメールチェックに始まる。そして、パートナーである日銀を始め、数十社のヒアリングや情報提供を得つつ、市場分析、介入を含めた政策立案を行うわけである。民間といっても、各メディア、インターバンクだけでない、輸出入、資本といった実需、ヘッジファンド等の投機筋から無数の情報がディーリングルームに錯綜する。 勿論、権力行政には限界のある時代、民間の側にもインセンティヴが存在する。一回数兆円の市場介入、約90兆円の外貨準備の運用者、そして、幹部の発言一つで市場を左右する稀なる組織の指令塔、いわば、為替マーケットにおける世界最大のプレイヤーとして、市場と日々、対話する中での自然な営為なのである。為替市場は、経済統計、社会事象から戦争まで全世界の森羅万象が反映される情報社会、その中で、我々が、最も世界中の情報にアクセスがあり、それらに敏感であり、かつ発信力、影響力のある存在ではないか、と自負している。
私の経験は、いや、極めて、創造的、建設的な存在という実感だ。例をあげよう。 (例2)君も携帯電話がトンネルで通じなくなる不便を感じたことがあろう。総務省予算担当主査時代、財務省は、この問題を克服するため、新たな仕組みを総務省に提案し、実現した。具体的には、税収に迷惑を掛けず、電波利用料を有効活用する補助制度新設の形で、携帯電話の通話地域拡大を図ったわけである。 (例3)我が国のバリアフリー化の遅れに忸怩たる想いをしていないか。障害者、高齢者が誇りをもって生きていける、更には社会に貢献できる環境を形成することは、文明国家の当然の責務であるとともに、社会費用を社会資産に転換し、経済合理性に適う。他方、財政は危機的状況、単なる補助金は許されない。 そこで、国土交通省予算担当主査時代、他の歳出を削減しつつ、乗降客数、高低段差の一定の条件に適う駅全てのエスカレーター、エレベーター設置を法的に義務付けて、民間事業者の役割を明確化することとセットで、時限補助制度を導入した。ノンステップバスについても、価格インセンティヴに整合的な費用対効果の高い支援制度を創設した。 (例4)国際援助が有効活用されているか国民として疑問があろう。これからは経済力に頼れず、知恵で国際社会にプレゼンスを示さなくては日本民族は、名誉ある地位を占めることはおろか、生存さえ危ぶまれる。 今ある資金を最大限、効率的に世界経済の発展、貧困削減に役立てること、現在の経済力をより持続可能で制度的な力に転化することが喫緊の課題だ。こうした考えにたって、開発政策課補佐時代、世界銀行審議役時代、数々の国際協力改革に従事した。世銀における制度大改革や重要な開発政策における日本のプレゼンス向上、我が国ODA・OOFの費用対効果向上・合理化、説明責任向上等々、枚挙に暇ない。 特に、援助の金額に頼らない、知的支援と国際合意形成における貢献による各途上国の開発支援や、途上国債務問題の合理的な処理を主導したのは財務省である。最近のイラク、アフガン、スマトラ沖地震の被災国の復興支援においても極めて重要な役割を果たしている。
勿論、以上の例示は、相手省等、カウンターパートの志ある人々との共同作業である。財務省の手柄というつもりもないし、共に苦労した人々に拍手を送りたい。しかし、財務省が極めて主体的な役割を担ったことも事実であるし、また、あらゆる分野で様々な組織の優秀な人々と、時には激論を交わしつつ、より良い社会への作業を共にできることも財務省の醍醐味である。因みに、私がお世話になった官民の人々は、今も、私の良き先輩であり、友人であり、相談相手であり、ひいては生涯の財産である。
政治が価値の権威的配分とすれば、財務省の仕事は、政治の従僕ではなく、それと寧ろ一体不可分である。政治過程において、財政構造改革といった、より総合的、長期的なビジョンとそれに基づく政策を提示することも我々の役割である。素晴らしい政治家でも、選挙の支持基盤の制約から、本人の意思に反し、なかなか納税者全体の立場にたちきれないこともある。 また、年金問題に見られるように、将来世代の利益が代議制を通じては代表され難いこともある。そこで、我々が客観的な分析に基づいて政策主張し、合意形成に向けて説得に努めなくてはならない場面が多々出てくる。そして、実は多くの場合、その方向で成就する。勿論、消費税のように10年かかることもあるが。 (例5)国交省予算担当時、整備新幹線新規着工問題が勃発した。我々は、財政負担を抑制すると共に、予算計上する以上は費用対効果等の観点から後世の国民に説明できる方法にしたい、と考えた。政府与党における真摯な議論の結果、野放図な新規着工は見送られ、既定予算の中で財源を捻出すると共に、限られた財源を既着工区間に重点投資する結論となった。
これはありえない。時代は大きく揺れ動いている。制度の変革者は創造性を逞しくすべく、頭を柔らかく、あらゆる刺激を取り入れなくては良い仕事はできない。また、理性的で持続可能な仕事のためにも健全な心身の維持が必要だ。だから、趣味や家族、友人との語らいは欠かせない。国家危急の折には一緒に徹夜してもらうが、そうでない時には、大いに自分の趣味を楽しむとともに、仕事を離れて幅広く勉強し、鋭気を養って欲しい。心配要らない。財務官僚にはその時間はある。私も入省以来、60カ国以上旅行できているし、数千冊を読む時間があったし、今も毎週テニスで汗を流す等、スポーツ、芸術に充実した暮らしを両立させている。そのことに上司の奨励こそあれ、一切、批判はない組織だ。
財務省の仕事は専門知識がなくてできるほど甘くない。幅広い分野にわたり、その道の専門家と対等に議論をし、説得しなくてはならない。しかし、安心して良い。その技術と知識は入省してから十分に与えられる。私の今の仕事の理論武装は経済学が中心であるが、法学部卒だった私にとって経済学は全く無縁であった。だが、入省後、オックスフォード大学大学院で経済学修士を取得する機会を与えられ、今、その成果を駆使している。留学だけでなく、日常的にも、OJTの質が仕事の性格から高いことに加え、様々な研修の機会がある。例えば、国際局では、若手職員のために専門家を招いてデリバティブ研修等を頻繁に実施している。
三、最後に、私は日本を愛するが、私の最たる生きがいは家族の幸せである。そう公言することを恥ずかしいと思わない。私が社会のために働けるのも家族の愛情のお蔭であり、また、社会の安寧・福祉が家族の幸福に繋がると信じている。 大体、ここまで危機的状況になれば、社会の維持なくして、個人の持続的幸福もありえないではないか。従って、仮に社会繁栄と言う我が大義を共有しなくとも、社会的価値にセンシティヴでない人間は、倫理的判断を待つまでもなく、単に不合理、乃至、愚かである。そして私のような凡人でも、社会のために生きがいと誇りをもって、同志とともに、類的存在からの疎外から脱して働けるのが財務省である。 君は、今、この冊子を手にしている。それだけで、人類64億の中で既に特別な立場にある。世界中の貧困を見たまえ。そこまで想像力が広がらなくても、君が享受してきた生活と教育は、国内でも遥かに平均以上だ。別に、君が、また、我々が偉いと言っていない。しかし、君には、その能力で社会に貢献する義務、ノーブレス・オブリージュがある。その義務を果たし、かつ、その努力の過程を誇らしく楽しむ権利もまた、君の目の前にある。君と議論できる日を待っている。
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