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海外調査報告書
 
平成18年5月

財政制度等審議会 財政制度分科会
 
 


「海外調査報告書」

 

 財政制度等審議会財政制度分科会は、1990年代や2000年代初頭に北米・欧州で進められている財政健全化努力等につき実地調査を行うため、今般、下記のとおり海外調査を実施した。
 本報告は、この調査結果を取りまとめたものである。

 

1

 

北米

 

日程:2006年3月12日~19日

 

 

 

 

出張者:宮本勝浩委員

 

 

 

 

訪問先:

米 国:

行政管理予算局(OMB)

 

 

 

 

 

 

財務省

 

 

 

 

 

 

下院財政委員会

 

 

 

 

 

 

外交問題評議会

 

 

 

 

 

 

上院財政委員会

 

 

 

 

 

 

議会予算局(CBO)

 

 

 

 

 

カナダ:

財政委員会

 

 

 

 

 

 

カンファレンスボード・オブ・カナダ

 

 

 

 

 

 

カールトン大学公共政策学部

 

 

 

 

 

 

財務省

 

 

 

 

 

 

クイーンズ大学経済学部

2

 

欧州

 

日程:2006年3月26日~4月5日

 

 

 

 

出張者:井堀利宏委員、田近栄治委員

 

 

 

 

訪問先:

ドイツ:

連邦財務省

 

 

 

 

 

 

ドイツ経済研究所

 

 

 

 

 

 

マックスプランク研究所

 

 

 

 

 

E U:

欧州委員会

 

 

 

 

 

スウェーデン:

ストックホルム大学

 

 

 

 

 

 

財務省

 

 

 

 

 

 

スウェーデン地方政府連合会(SKL)

 

 

 

 

 

 

国会財務委員会


はじめに

 財政制度等審議会においては、財政構造改革、歳出の合理化等に係る議論の参考とするため、諸外国の財政事情について調査を行っている。最近では、1990年代に財政赤字の大幅な縮小ないし解消を達成した欧米主要先進諸国の財政再建の取組について調査を行った。
 1990年代の欧米主要先進諸国の取組は、我が国の財政再建の在り方を考える上で非常に参考となるものであるが、2000年代に入ると、多くの国が再び財政状況を悪化させてきた。
 こうした状況の変化にかんがみ、財政制度等審議会においては、今般、2000年代前半における欧米主要先進諸国の財政事情について海外調査を行った。今回の海外調査では、米国、カナダ、ドイツ、スウェーデン及びEU委員会を調査対象とし、2000年代前半における財政状況、財政健全化のための具体的取組、財政健全化に対する国民の理解を得るための取組といった各国財政の全般的な状況、また、社会保障制度改革、国と地方の間の税財政改革といった個別分野における改革の動きについて、実態の調査を行った。また、今回の調査では、政府や議会関係者の見解を聴取するだけではなく、大学、研究機関等の研究者とも面会し、幅広い視点から各国の状況を把握するよう努めたところである。
 今回の海外調査は、調査項目が非常に広範かつ専門的なものとなったため、本報告書の作成に当たっては、以下のような工夫を行った。
 まず、第一に、本報告書においては、出張時の議論を紹介するだけではなく、議論の前提・背景となる事項についても適宜補足している。特に、1990年代の財政再建の取組を今一度振り返り、こうした取組がその後の財政運営に与えた影響を踏まえつつ、2000年代前半の財政事情について記述している。
 第二に、様々な切り口から財政事情を把握できるようにするため、第1部ではテーマ毎に各国の状況を比較・概観し、第2部では各国毎に財政事情を詳しく紹介するとともに、分かりやすくする観点から項目毎にポイントを付している。
 なお、本報告書の中の意見にわたる部分については、個人的な見解も含まれており、必ずしも各国当局等の公式な見解等ではないことを申し添える。


 

財政制度等審議会財政制度分科会海外調査報告書目次


○ はじめに


○ 第1部 各国の財政運営の概観

 

1.

1990年代における財政健全化の取組

 

2.

2000年代前半における財政状況

 

3.

2000年代前半における財政健全化の取組

 

4.

社会保障制度改革

 

5.

国と地方の間の税財政改革


○ 第2部 各国の財政健全化の取組

 

I

米国

 

 

II

カナダ

 

 

III

ドイツ

 

 

IV

スウェーデン

 

 

V

EU各国

 


○ おわりに



第1部 各国の財政運営の概観



.1990年代における財政健全化の取組

 


(1


)財政運営の基本スタンス

 

 


 米国においては、膨大な財政赤字と経常収支赤字のいわゆる「双子の赤字」が経済の不安定要因であるとの認識の下に、財政赤字を削減することにより、高金利や民間投資のクラウディングアウトを避けることが不可欠と認識されていた。また、将来世代の税負担の急上昇を防ぐためには、現在の債務残高のみならず、高齢化に伴う将来の社会保障の負担等も含めて、一刻も早く解決することが必要との認識が持たれていた。

 カナダにおいては、1990年代初頭、米国の景気後退に伴う輸出の低迷等により深刻な不況となり、連邦政府財政収支対GDP比は、こうした不況による税収の伸び悩みや、政府が1993年の総選挙を控え景気刺激的予算を編成するなど、歳出削減が徹底されなかったことにより、1992年度には▲5.6%と過去最大となっていた。
 こうした深刻な状況の中、1993年の総選挙において、3年以内(1996年まで)に連邦政府財政赤字対GDP比を▲3%以内とするとの選挙公約を掲げて誕生したクレティエン自由党政権のマーティン財務大臣は、政権交代後初めての予算編成となる1994年度の財政演説の中で、「すべてのカナダ人が意味のある仕事に就けるような経済社会、公正で思いやりのある社会保障制度、予見可能性のある州・準州への財政移転などの目標を実現するためには財政健全化は喫緊の課題である。」と述べ、財政健全化は、目指すべき社会を実現するために必要な課題であることを強調した。

 ドイツにおいては、従来から、金利の上昇やインフレを招来するおそれのある財政赤字は好ましくないと考えられており、社会保障支出の拡大などによる構造的な財政赤字が経済成長を阻害しているとの認識の下、緊縮的な財政運営が行われている。さらには、景気後退期であっても、歳出削減を通じて財政赤字の縮減と国民負担の軽減を進めることで政府から民間への資金配分を行い、国際競争力を高める民間投資拡大の余地を広げるべきという認識が持たれていた。

 スウェーデンにおいては、健全な財政運営が金利の低下や通貨の強化につながり、経済成長と高水準の雇用を創造するとの認識の下、90年代に財政健全化の取組が行われた。これらの取組により、現在も健全な財政運営が図られている。

 
(2

)財政健全化に向けた具体的取組
   
 米国においては、OBRA等の規定により、裁量的経費(国防費等)についてはCap(各年度毎の歳出上限)が、義務的経費(社会保障費等)についてはPay-as-you-go(財源なくして増額措置なし)が定められ、歳出・歳入両面から財政再建への取組が行われた。

 カナダにおいては、クレティエン自由党政権下で、「6つの基準」に基づくプログラム・レビューにより、優先度の低いプログラムを削減・廃止するなど徹底的な歳出の見直しが実施されたほか、地方政府に対する移転についても、96年度より、それまでの医療・教育、社会扶助に係る交付金を統合し、総額を大幅に削減するなど、財政再建への取組が行われた。

 ドイツにおいては、1994年予算以降、新規予算は同等の既存措置の削減によって認めるという「モラトリアム原則」が定められた。また、1995年には、「2000年までに政府支出対GDP比をドイツ統一前の水準以下に引き下げるとともに、一般政府財政赤字の対GDP比を2000年までに▲1%まで引き下げる」との方針が示され、歳出・歳入両面から財政再建への取組が行われた。

 スウェーデンにおいては、徹底した歳出削減や増税等の財政健全化努力に加え、中央政府の歳出について、各委員会における予算案の個別審議に先立ち、あらかじめ翌年以降3ヶ年にわたる歳出総額等を議会で決定するシーリングの仕組みを導入するといった予算制度改革により、財政再建への取組が行われた。
 
(3

)財政収支の改善
   


 米国においては、OBRAを始めとする財政赤字削減策により、財政収支は大幅に改善し、98年度において財政黒字を達成した。この要因について、98年2月の大統領経済報告では「景気の循環が、歳入及び歳出の双方に大きな影響を与え、財政赤字の変動をもたらしたことは確かである。しかし、循環的な要因がこのように説明されるとしても、財政赤字のコントロールに主要な役割を果たしたのは政策であったことは明らかである。」としている。また、当時の財務長官のルービン氏は「赤字削減策の半分は歳出削減によるもの、残りの半分が増税によるものだった。」と述べている。

 カナダにおいては、90年代半ば以降、好調な米国経済の後押しを受けて財政再建の効果が着実に現れ、連邦政府財政赤字対GDP比は、1994年度の▲4.8%から、1995年度は▲3.7%、1996年度は▲1.0%、1997年度には0.2%と急速に改善し、財政収支の黒字化が成し遂げられた(財政黒字は04年度まで9年連続で達成している。)。また、累積債務残高の対GDP比も95年度をピークに低下していった。

 ドイツにおいては、1996年以降の社会保障関係費を始めとする徹底した歳出削減及び付加価値税、鉱油税の引上げ等の増税により、1990年代後半の景気回復もあいまって着実に財政収支が改善し、2000年には一時的な要因もあって財政黒字を達成した。
 なお、1997年にマーストリヒト基準である財政赤字対GDP比▲3%以内をクリアしている。

 スウェーデンにおいては、国際的な信任を得る必要性の高さを背景に、歳出削減、増税、予算システム改革など、財政健全化のための改革を迅速かつ大胆に行ってきた。この結果、93年に一般政府財政赤字対GDP比▲11.4%を記録してから、わずか5年後の98年には財政黒字を回復した。



.2000年代前半における財政状況
 
(1

)最近の動き
   
 米国においては、2001年と2003年に成立した減税法、景気低迷、防衛・国土安全関連の支出の増加などの影響により、2002年度から再び赤字に転じ、加えて2004年度にはイラク復興費用の影響等から財政赤字は▲4,127億ドル(対GDP比▲3.6%)と、史上最高額の財政赤字を計上した。2005年度には、ブッシュ政権発足以降初めて財政赤字が縮減されところであるが、2006年度にはハリケーン対策等により▲4,232億ドル(同▲3.2%)となり、再び財政赤字が悪化する見込みである。

 カナダにおいては、1997年度以降毎年度財政黒字を計上し、2000年度には過去最大の202億カナダドルの財政黒字が生じることとなった。2000年代に入っても、引き続き、健全な財政運営が継続されており、2004年度の財政黒字は16億ドル、2005年度は40億ドルとなる見込みである。

 ドイツにおいては、2001年に起こった同時多発テロ及びITバブルの崩壊による経済の低迷、少子高齢化の進展などにより、社会保障支出が拡大し、さらには大幅な減税政策を実施したこともあいまって、2002年に再び大幅な財政赤字を計上することとなった。その後2002年以降、4年連続で財政赤字対GDP比▲3%を超過しており、2006年も▲3%を超過する見通しであることから、EUによる過剰財政赤字手続が適用されている状況にある。

 スウェーデンにおいては、世界経済減速の影響を受け、一時的に一般政府財政収支が赤字に転じたが、財政状況は堅調に推移している。2006年4月に出された春の財政政策提言によると、資本税収の増加や企業収益の伸びなどを反映して2005年の一般政府財政収支は対GDP比で2.7%の黒字となっており、2006年も対GDP比2.0%の黒字が見込まれている。
 
(2

)2000年代に財政収支が悪化した要因
   
 米国においては、2000年度から2006年度にかけて、財政収支対GDP比は5.6%悪化しているが、そのうち、歳出増が2.4%、歳入減が3.3%となっている。歳出増は国防費の増大の影響が大きい。歳入減については、累次の減税の影響等から所得税が大きく減少している。

 ドイツにおいては、少子高齢化の進展により年金給付が増加したことに加え、雇用の低迷により失業者が大きく増加した結果、失業給付が増加した。さらに、歳入面についても、雇用促進と企業の国際競争力強化を目的とした大幅な減税政策の実施により、税収が低下したため、財政収支が悪化することとなった。

 スウェーデンにおいては、経済が国際市場や世界経済の発展に依存する性質を持つことから、世界経済の減速等の影響を受け、2002年、2003年に一般政府財政収支が赤字となった。一方で、2004年には黒字を回復しており、今後も堅調に推移することが見込まれることから、この財政悪化は景気変動に伴う一時的な要因であったと考えられる。


.2000年代前半における財政健全化の取組
 
(1

)財政健全化に係る目標
   
 米国においては、2009年度までに財政赤字を2004年度の当初見通し財政赤字(▲5,207億ドル、対GDP比▲4.5%)と比較して半減させると表明しており、2007年度予算教書においても、裁量的経費全体を2007年度以降2006年度のインフレ率3.3%以下に抑制する、2001年及び2003年減税の恒久化を行うとの前提の下、2009年度に財政赤字は▲2,076億ドル(同▲1.4%)と半減目標を達成できるとの見通しを示している。

 カナダにおいては、州・準州に対する医療交付金や財政交付金の充実に取り組んでおり、2000年代に入ってからは、歳入の伸びを上回って歳出が増加している(1999-2004年度の平均伸び率:歳出5.2%、歳入3.6%、1994-1999年度:歳出▲0.8%、歳入6.3%(実績ベース))。
 その一方で、連邦政府は、2004年予算以降、政府債務残高対GDP比の引下げを新たな目標として打ち出し、これが達成できるように毎年度の予算編成のフレームを決定することにより、全体としては財政健全化が図られるように財政運営を行っている。

 ドイツにおいては、当初、2006年までに連邦政府の財政収支を均衡させることを目標としていたが、長引く経済の低迷などにより、その目標の達成は困難な状況となっており、それどころか過剰財政赤字手続の適用を受けていることから、現在は、一般政府の財政赤字を対GDP比▲3%以内に抑制し、マーストリヒト基準をクリアすることが喫緊の課題となっている。

 スウェーデンにおいては、景気サイクルを通じて対GDP比平均2%の一般政府財政黒字を確保することを目標としている。2005年の一般政府財政収支は対GDP比で2.7%の黒字となっており、今後は2006年で2.0%、2007年で2.2%、2008年で2.8%の黒字が見込まれている。
 
(2

)歳出面・歳入面での取組
   
 米国においては、テロとの戦いに係る経費、ハリケーン対策等の歳出増を行う一方で、国防・国土安全保障以外の裁量的経費を中心に歳出抑制を実施している。また、非国防プログラムのうち成果が乏しい、あるいは優先度が低くなったプログラムについては、大幅削減や廃止が提案(2007年度に150億ドル)されているほか、義務的経費についても改革に取り組み、2007年度から2011年度までに650億ドルの削減が行われる見込みである。歳入面については、歳入中立を前提とした「簡素、公平、経済成長の促進」のための税制改革に取り組んでおり、いわゆる「ブッシュ減税」の恒久化が提案されている。

 カナダにおいては、2000年代に入ってからは、歳出面では、州・準州に対する医療に係る交付金を中心に交付金の増額に努めており、2003年には、州・準州に対する医療交付金、2004年に財政交付金を10年間にわたり増額させる合意が成立したこと等により、政策支出のうち地方政府への移転は、2005年11月の「経済財政の見通し」によれば、2005年度の387億ドルから2010年度には494億ドルに増加する見込みとなっている(毎年平均約5%増)。
 一方、歳入面については、「2000年5ヶ年減税パッケージ」により個人所得税の税率引下げや法人税率の引下げを実施するなど、減税に取り組んでいる。

 ドイツにおいては、各種補助金の廃止、公務員人件費の抑制のほか、「食糧及び農林業」、「エネルギー・水利・商工業・サービス業」、「収益事業、一般不動産、資本資産及び特別財産」などの幅広い分野で歳出抑制に取り組んでいる。また、社会保障についても、年金制度改革・失業保険制度改革により社会保障支出抑制に取り組んできている。他方、歳入面については、労働意欲の促進、企業の雇用促進及び国際競争力の強化を目的とした大幅な減税政策を実施している。なお、今後については、引き続き歳出抑制に取り組むとともに、2007年より付加価値税を引き上げることとするなど、歳出・歳入両面から財政健全化に取り組む方針を明らかにしている。

 スウェーデンにおいては、景気サイクルを通じて対GDP比平均2%の一般政府財政黒字の確保、中央政府予算における歳出シーリングの設定、地方政府予算における収支均衡原則、社会保障における現金給付と現物給付の区分などを通じて引き続き健全な財政運営に取り組んでいる。
 
(3

)経済財政の見通し
   
 米国においては、議会に属する予算調査のための組織である議会予算局(CBO)の見通し及びおよそ50社の民間部門の経済見通しの平均である「Blue Chip Consensus」を参考に決定されている。現在、米国では、名目経済成長率が長期金利を上回っているが、2008年度以降、長期金利が名目経済成長率を上回る見通しを立てている。また、OMBの担当官によると、金利と成長率との関係について「両者の関係について特に予断は持っていないが、一般論で言えば、成長率が金利を上回るとただで借金ができる(free lunch)こととなり、そういう前提は適切でないと考える。」と述べていた。

 カナダにおいては、財務省が、毎年秋に向こう5年間の見通しとして「経済・財政見通し」を作成し、毎年2~3月に、向こう2年間の計画として作成する「予算計画」(Budget Plan)において、「経済・財政見通し」の経済前提を、その後の経済情勢の変化を踏まえ修正している。
 1990年代前半までの進歩保守党政権下では、長期金利が名目経済成長率よりも低くなる見通しとなっていたが、自由党政権になってから、信頼性の観点から民間部門の推計の平均を使う推計方法に変更された。この結果、過度に楽観的な見通しは除外されることになった。
 カナダ政府は、このような慎重な経済財政の見通しが、97年以降継続して財政黒字を計上することを可能にしたと評価している。また、カナダ政府の担当官は、「現在は名目経済成長率が長期金利を上回っているが、これは例外的な状況であり、財政の見通しを作成するに当たっては、長期金利の方を高く見る方が自然である。」と述べていた。

 ドイツにおいては、連邦経済技術省が年に2回、春・秋に経済見通しを発表しており、その際金利については、現行金利を据え置きにして試算している。また、六大研究所及び五賢人委員会も経済見通しを行っているが、五賢人委員会では、経験的には金利の方が成長率より高くなっており、これが長期的にも続くものと考えられている。

 スウェーデンにおいては、国会に予算を提出する際の付属資料(Sweden’s Economy)において、向こう3年間の世界及びスウェーデンの経済情勢等を見通しており、中央銀行や一般銀行が出す見通しの範囲内の計数を採用する形となっている。財務省の担当官によると、「最近の状況を見ると、名目長期金利が成長率との関係において低く推移していることに驚いており、正確には理解しがたい面がある。いずれは成長率との関係で金利が追随・上昇してくるものと考えており、今度出される新しい見通しにおいては、長期金利の上昇予想が見込まれたものとなるはずである。」とのことであった。
 
(4

)財政健全化に対する国民の理解
   
 米国においては、財政健全化に対する米国民の反応を見ると、一般論としては財政健全化に賛成するが、各論では反対しがちであり、国民の理解を得ることは困難な課題となっている。米国上院財政委員会は「財政健全化は大きな課題であり、その方針の国民に対する説明は大統領によるところが大きいと思われる。国民の理解を得るためには、債務が膨らめば、金利の上昇により人々の生活に直接悪影響を及ぼすという点がポイントになると思われる。」と述べていた。また、一般教書演説等において、ブッシュ大統領は財政健全化の必要性を説明している。

 カナダにおいては、財政健全化を公約に誕生した自由党政権は、財政健全化に対する国民の理解を得るため、マーティン財務大臣(当時)のリーダーシップの下、中期的な財政収支の見通しの公表、議会に対する予算相談プロセスの充実、国民に対する訴えかけの強化に取り組んできた。2000年代においても、こうした取組が継続されており、財政黒字に転じた後も財政健全化に対する国民の理解を維持する上で大きな役割を果たしている。

 ドイツにおいては、経済に関わった職についている人以外の大多数は、財政の現状について知らないというのが現状であるが、第一次及び第二次大戦後のインフレの経験から、国民の気質として財政健全化には好意的である。また、1990年代後半以降、政府が年金制度の持続可能性について説明を行ってきたこともあり、国民の社会保障に対する認識も変化しつつあり、公的な制度に依存するだけではなく、私的な備えも必要なのではないか、という認識が広まりつつある。さらに、2005年に大連立政権が誕生したことにより、連邦参議院においても政権政党が多数派を構成することとなったことから、本当に痛みを伴うような抜本的な社会保障制度改革を実施するのであればこの機会しかない、という機運が高まっている。

 スウェーデンにおいては、90年代を通じて国民の理解を得て財政再建に取り組み、現在に至るまで財政規律を保っている。国会財務委員会の担当者は「一般国民レベルで言えば、90年代の財政危機時に様々な手当を大幅にカットされ、苦しかった記憶が体の中に残っていると思う。やっと財政危機を切り抜け、他国が直面している赤字問題の話を仄聞するにつけ、2度とあの頃のような状態には戻りたくないという意識がある。」と話しており、90年代の経験が、現在に至るまで財政規律を保つ要因となっていることを示唆している。


.社会保障制度改革
 
 各国とも高齢化の進展による社会保障関係費の増大が財政の持続可能性を圧迫する要因となっている。こうした状況の中、各国において、医療、年金を始めとした社会保障制度改革に不断に取り組んでいる。
 
(1

)医療
   
 米国においては、基本的に個人の自己責任という考え方が支配的であり、医師の自由診療を前提に、民間医療保険中心のシステムとなっている。公的な医療保険制度としては、メディケア(65歳以上の老齢者等が対象、連邦で運営)とメディケイド(低所得者が対象、州で運営)がある。メディケアについては、基本的には給付と負担の関係が明確になるように、社会保険税を一般税収と区分経理し、そこから支出を行っているが、一部は一般税収から支出されている。そこで、一般税収からの支出が増えると給付と負担の関係が不明確になってしまうため、メディケアの支出に対する特定財源(社会保障税及び保険料)の比率が、一定の割合を下回ると予想された場合に、行政府に対処策を提案しなければならないとするルールが提案されている。

 カナダにおいては、医療は憲法上州の権限に属しており、連邦政府は交付金の配分により財政負担を行っている。
 連邦政府は、1996年度に、医療・教育補助金(EPF:Established Programs Financing)とカナダ社会扶助計画(CAP:Canada Assistance Plan)とを統合して新たにカナダ医療社会福祉交付金(CHST:Canada Health and Social Transfer)を設立することにより、州の裁量を拡大する一方、総額の削減を行った。
 2000年代に入り、連邦政府は、深刻な問題となっていた医療サービスを受けるまでの待ち時間の増大等に対処するため、医療に係る交付金の増額に取り組んでいる。

 ドイツにおいては、一般労働者や学生、年金受給者を対象とした一般制度と、自営農業者を対象とした農業者疾病保険とに大別され、地区、企業などを単位として設置されている公法人たる疾病金庫を保険者とし、当事者自治の原則の下に運営されている。財源は、労使折半で負担する保険料で、当事者自治の原則に従い、国庫補助は原則として行われていない。シュレーダー政権の下、数回の制度改革が実行され、2003年には、患者の自己負担増加(免責の導入)や医療保険対象範囲の見直しなどを含めた医療制度改革が実施されたが、依然として医療保険財政は厳しく、今後さらに、メルケル大連立政権の下で抜本的改革が実施される予定である。

 スウェーデンにおいては、医療サービスの提供は、税方式による公営サービスが中心であり、広域自治体であるランスティング(県)が医療施設を設置、運営し、費用は主にランスティングの税収や患者の一部負担によって賄われる仕組みとなっている。地方財政収支均衡原則の下では、歳出が増加すれば税率を上げて増税するか、歳出を削減するかの選択を求められる意味において、給付と負担が均衡していることが基本となる。限られた財源の中、90年代にはエーデル改革において、医療と福祉の役割を明確にし、いわゆる「社会的入院」を解消するなど、医療提供サービスの効率化に取り組んでいる。
 
(2

)年金
   
 米国においては、現行の「確定給付方式」の基礎年金(いわゆる一階部分)の一部に、個人の選択により、拠出額の一部を自身が運用し積み立てることができる「確定拠出方式」の「個人年金勘定」を創設することが提案されている。個人年金勘定を導入することは、政府が保証する確定給付の対象が減ることを意味し、政府の運用リスクを減少させる効果があるが、基本的にはそれ自体が直接的に財政に影響を与えるものではなく、結局は給付削減など公的年金そのものの改革が必要となると言われている。下院財政委員会は「個人年金勘定は、社会保障制度の運営において民の役割を拡充していくものと言うことができる。」と述べていた。

 カナダにおいては、公的年金は、税を財源とする老齢所得保障などの基礎年金部分と、社会保険方式の報酬比例年金部分の2階建てとなっている。
 1997年以降、年金保険料について、ピーク時の保険料率をできるだけ低くするため、事前積立を強化しており、保険料賦課対象賃金に対して現在は9.9%の労使折半で固定されている(自営業者は全額負担。1996年→2002年の6年間で3.8ポイント増)。その他、保険料算定ベースの基礎控除額の抑制、障害年金の受給資格の厳格化等が実施されている。

 ドイツにおいては、1階建ての年金制度が職域毎に分立しており、さらには自営業者については任意加入となっており、国民皆年金とはなっていない。財源は、労使折半の保険料(2004年1月時点で19.5%)及び国庫補助であり、労働者年金及び職員年金の場合は約30%程度が国庫負担となっている。シュレーダー政権は、積立方式の私的年金(リースター年金、加入は任意)導入、持続可能性要素(被保険者と年金受給者の割合の変化率)の年金スライド式への導入など、年金制度の持続可能性を向上させるべく、数回にわたって年金制度改革を実施した。政府の説明により国民の意識も変わりつつあり、自ら老後の資金を積み立てる必要性への認識が高まってきていることから、今後、リースター年金に加入する者は増加すると見込まれている。今後さらに、メルケル大連立政権は、2012年以降に年金支給開始年齢を65歳から段階的に67歳まで引き上げることを予定している。

 スウェーデンにおいては、高齢化による年金給付費の増加などを背景に、1999年に年金制度改革を行った。具体的には、保険料率を固定化し、その範囲内で給付を行う仕組みとすることにより給付を抑制するとともに、人口推計等の前提の変化に対応した自動財政均衡(給付調整)メカニズムの導入を行った。また、国庫負担を最低保証年金に重点化するなど、国庫負担の役割の重点化を行っている。


.国と地方の間の税財政改革
 
 米国においては、国と州・地方政府は独立した組織となっており、財政健全化については、基本的にそれぞれの政府の責任で行うべきものと考えられている。また、州・地方政府間の財政調整の仕組みはなく、州・地方政府間において財政的不均衡が生じていても、それは、地域経済の状態、州・地方政府の歳入政策の問題であり、基本的には、州・地方政府は各自の財政に責任を持って運営し、州・地方政府間格差についても各州・地方政府が競争し合うことによって自ら解決していくべきであると考えられている。

 カナダにおいては、州・準州は憲法に列挙された権限である医療、教育、社会福祉等に対する歳出を行っているが、地方歳出は地方税割合を超えており、連邦政府から州・地方政府への財政移転が必要な構造となっている。また、各州の間にも地域的な財政力には大きな格差があることから、連邦政府は州・準州に対する交付金の交付により財政調整を実施している。
 1990年代初頭においては、州政府の財政赤字は、カナダ医療社会福祉交付金(CHST)の創設による交付金の削減などにより悪化したが、政策支出の削減、増税等の取組を行った結果、1999年度には、州政府全体で財政黒字に転じた。

 ドイツにおいては、連邦政府と州間の財政調整については、まず、付加価値税等の共有税が各州に配分されて財政調整がなされた後、財政力が強い州から弱い州へと州相互間での水平的な財政調整が行われることとなっている。このような調整を経てもなお財政力格差がある場合は、連邦から州に交付金が与えられ、財政力格差を調整することとなっているが、州政府の連邦政府への財源の依存度合いは低いものとなっている。
 現在、議論されている連邦制度改革において、州の持つべき自立、連邦の持つべき自立についてどう考えていくかが課題となっているほか、州間の水平的財政調整などについて抜本的に見直す必要があるとされている。また、安定成長協定との関わりにおいて、州政府に対し財政健全化へのプレッシャーをかけることも一つの課題となっており、EUの安定成長協定に違反して制裁金が課せられた場合、連邦と州でどのように分担するかが議論されている。

 スウェーデンにおいては、地方財政運営は基本的に各地方政府に委ねられている。このため、国の地方に対する影響力は間接的なものでしかないが、例えば、地方財政収支均衡の原則や、財政収支均衡が達成できなかった場合に3年以内に回復させるという地方財政運営に係る基本的な原則が国により設けられている。なお、スウェーデン財務省担当官によると、「現在の課題としては、国・年金制度・地方を含んだベースで景気サイクルを通じて対GDP比2%の財政黒字を確保するという考え方をどのように地方政府職員・市民に納得させるのかということである。」とのことであった。
 また、全ての自治体に等しい財政条件を保障するため、財政力の豊かな自治体が負担金を拠出し、財政力の乏しい自治体に交付金を支給するといった水平的な地方財政調整制度が存在する。一方で、現在の地方財政調整制度の骨格は90年代を通じて作り上げられた新しい仕組みであり、今後も必要に応じて適宜見直されるものと考えられる。